登米 ロマンに満ちた歴史と文化のふるさと

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郡名では「とめ」と読むが、町名は「登米」と書いて「とよま」と読む。 中世に葛西氏が城を築いて以来、城下町として栄えてきた。また、明治以降は、北上川を利用した舟運で栄えたまちである。 町並みのあちこちに近世伊達時代の名残や、明治が息付く。 これら先人の残した多くの文化遺産を核としたまちづくりを行っており、「みやぎの明治村」として知られている。 |

登米の朝(登米大橋)
| ここまで下ると、北上川の表情も穏やかだ。流れを感じないほど対岸や橋の姿を水面に映し心を和ませてくれる。散策コースとしても利用されており、10分ほど歩くうちに数人の地元の散策者に出会った。 |
芭蕉一宿の碑
| この碑は、北上川の堤防の上に建っている。背後の蔵のある町並みが登米である。このあたりでは二階建ての屋根と堤防の高さが同程度だ。五〇年前のカスリン台風では一帯が浸水したと言う。 |