| 読売新聞 YOMISAT 中国・アジア衛星版
リレーエッセー香港
しらけムードの総選挙
五月二十四日、香港は待ちに待った総選挙を迎える。さしずめ、衆議院にあたる「立法議会」の議員を香港人自らが選ぶ、「港人治港(香港人による自治)」の輝かしい第一歩である。雌伏七年、ようやく選挙権を手に入れた私(九五年の英領統治下での立法評議会選挙時は居住年数が足りなかった)が初投票する本格的な選挙でもある。
総督が議員を指名した植民地時代を思えばなんたる進歩、と根が単純な私などはジーンときているというのに、巷の白け切った空気はどうだろう。
立法議会の六十議席のうち直接選挙で決まるのはわずか二十議席。日本のように黙っていても投票できるわけではなく、香港で投票するには、自ら選挙民登録を行わなければならない。よっぽど意識が高くない限り、落ちこぼれてしまうのもむべなるかな、という感じだ。投票率もせいぜい30%台どまりと予想されている。
香港人は長年民主主義のトレーニングを受けずに来たのだから、と寛大に構えたいところだが、海外で教育を受けた、いわゆるインテリ諸子にしても、この調子で、うなだれざるを得ない。
私の嫁ぎ先にしてからが、うちに紛れ込んだ舅宛ての選挙関連のダイレクトメールを届けると「麻煩(マ−ファン、面倒の意)、麻煩」と騒ぐ。「せっかくの権利じゃないか、投票権を行使しよう」と小姑経由で啓蒙を試みると、「父はもういい歳なんだから、権利なんていいの」だと。(だったら乗り物の敬老パスも拒否するんだね?)そう言う小姑自身は、登録を呼び掛ける選挙管理事務所の家庭訪問に居留守を決め込んだ。
おもむろに口を挟むや「自らのリーダーを選べる僥倖を『麻煩』とは何事か。共産党にいいようにされるよかなんぼましか。俺は登録しているぞ。」と、いばったのは夫だ。
何を隠そう、夫はビジネスマンの味方某政党の党員であるにもかかわらず、しかも私たちの選挙区から、当選が危ないと噂される党首が出馬するというのに、はなっから投票する気などない。「じゃ、何のために入党したの?」と問うと「コネ(作りのため)」とにべもなかったくせに。そこまで言ったからには投票してもらうが。
投票にあたって私に迷いは無い。なにしろ、まともな環境政策をかかげているのはたったの一党しかないのだから。
労組の流れを汲みながら「社会党」を名乗らないのが紛らわしい(と私が不満な)某政党にも環境部会があることはあるが、その発言ときたら、他にいくらでも緊急課題があるだろうに使い捨てのプリペイド駐車券とかそんなのばっかり。夫に届いた党員宛ての某政党の選挙公約に、選挙用のチラシには一言も書いてない立派な環境政策が並んでいたのにも驚いた。大気汚染に車の排ガス規制と書いてあるが、それならなぜ先の臨時立法議会で、そろってディーゼル税の引き上げに反対票を投じたのか?
不景気に殺気立ち、環境対策イコール経済不振と思い込んでいる巷故に、候補者も景気や雇用対策を争点にしなければ当選はおぼつくまい。環境が二の次、三の次というのは分からないでもない。しかし、このところ怖い話が続く食の問題にもまるで興味が無いとは解せない。私に言わせれば、きれいな空気、水、食べ物こそ生存権の基本の基、まさに基本的人権だ。
民主主義が全員参加の意志決定プロセスなら、始めの一歩は投票から始まる、と呼び掛けようにも、改めて見回すと、選挙権がある(すなわち香港を終の住処と定めた)知り合いがろくにいないことに愕然とした。必死に頭を絞るとそういう人種は何年も前に取った経営学講座の同級生くらいだ。いきなり電話などかけようものなら、マルチ商法か新興宗教の勧誘と間違われるのがおちだろう。
やはり、香港は多くの人にとって行きずりの街、稼げるうちに稼げるだけ稼いで後にするだけの街なのだろうか?と私にしては珍しく弱気になってしまったのである。
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