| 読売新聞 YOMISAT 中国・アジア衛星版
リレーエッセー香港
「無農薬園芸」の勧め
何を隠そう私の趣味は園芸である。香港ガーデニング・ソサエティの六年越しの会員でもある。
その昔日本の友達に園芸に凝っていると告げると、「婆くさい」と悪評ふんぷんだったのに、なにやら近頃「ガーデニング」と言い換えられ、ハイソな嗜みとしてにわかにもてはやされているらしい。出世魚じゃないんだから、と私は鼻白んでしまう。
とは言え、園芸協会会員と名乗ったら、てっきり「演芸」だと思われたこともあるから、ここはやっぱりカタカナに甘んじた方が得か?
会員の多くが古き良きコロニアル(英領香港時代)の昔から香港に住みついているイギリス人。奥様に限らず、主力メンバーに悠々自適のご隠居さんがちらほらするあたり、庭いじりの楽しみは盆栽をいじろうがいじるまいが、万国共通なのである。
私はと言えば、主に会員のお宅にお邪魔する庭めぐりを楽しみにしている。皆、どうやって家探ししたものか、こんなところに家が?と思われるような秘境(?)に住んでいる。それもこまめに手を入れて気持ち良く住んでいることに、なにかと人任せの私は舌を巻いてしまう。
対岸に深センを臨む鹿頚のあわや廃屋の尼寺を引き取ったご夫婦がいるかと思えば、ランタオ島の車も入らない山道に分け入ると忽然と現われるお宅あり、かたや大埔カオの森や西貢の造園業者の巨岩の陰にも庭は広がる、で私の「驚喜」は尽きない。庭付きの家に住めるのは香港の人口のわずか1%だと言うが、こうして見ると、どうも住む人の心がけ次第という気がしてくるのである。
何より食い意地の張った私がころりと参ったのは、訪問が朝にかかれば十時のおやつ、昼にかかればお昼、午後ならアフタヌーンティーが漏れなく付いて来ること(ベジタリアンなのもうれしい)、である。とどめは総会で、それまで日本人同士集まると、どうしても会場は公共の場所、水も出ないことすらあっただけに、よそのおうちのダイニングテーブルにところ狭しと並んだオードブルやワインに興奮した私は、勢い余って委員に志願してしまった。
文字通り「花より団子」に転向した私の姿勢は、うちの庭の内容にも反映されるようになり、バラ園は芋畑と化し、バナナやパパイヤの木が続々と植わった。
地味めにこそなったものの、目指した香る庭はそれなりに実現、亜熱帯の香る花木で埋もれている。
そもそも、大腸癌を患い自宅療養することになった舅が庭でも眺めて過ごせば気持ちも和もう、と一念発起したのが発端だった。皮肉なことに、バラの苗がつぼみも付けないうちに舅はあえなく全快、明るいうちは家に寄り付かない日常が戻った。
今さら後には引けない。欧米や日本の参考書通りに、草花やハーブを植えてはみたものの、温帯が前提のお手本通りに行くはずもない。育つのは香港の気候に合ったもの、という当り前の教訓を得るまで何シーズンじたばたしたことか。せっかく育っても庭師がまいた除草剤であっさり全滅するハーブあり、現代バラに標準散布するおびただしい種類と量の農薬に、はて、これでも未来の母体だが、と割り切れなさが募る。
その後飼い出した犬達が庭草を食み出すに至って、我が家はついに無農薬宣言をし、今日に至っている。いまや雑草だらけの芝生を見る度に、ゴルフ場ってこわい、と妙に納得することしきりだ。
結局落ち着いたところは、手のかからない自力更生の庭。肥料も台所の生ごみ堆肥と、循環する庭でもある。殺虫剤とは無縁なので、鳥や蛙などの小動物も集い、さながらサンクチュアリの趣を呈している。おそらく人目には、犬猫の脱糞もとがめだてされようし、さぞかし手前みそに映ろうが…。
命あるものを丹精するのは悠久の楽しみであり、刹那の喜びに走る気はうせ、目先の欲に駆られてヨソ様の命を取ってよいとも思えなくなるはず。
手前みそ、大いに結構。鉢植え一つから始めるのでいい、皆が「手前サンクチュアリ」を持ってくれたら、と私が夢想を禁じ得ない由縁である。
|