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月間ろうきん3月号掲載
郷に入って君臨す?
味噌汁が冷めない距離、とまではいかないが、アジア諸都市の中でも一番行き来しやすいのが香港ではなかろうか。髪の毛も目も黒い、食べているものは醤油味、読み書きは漢字、葬式は道教(仏教だと思い込んでいた)、とたかをくくり、さしたる覚悟もなく来てしまったのがどうやら間違っていたようだ。
さすがに「あうんの呼吸」を求める気こそなかったが、香港人に「同じ」であることばかりを期待してしまった私は、当然ながら「違う」ことに直面する度、たとえそれがどんなにささいなことでもカルチャーショックに打たれずにはいられなかった。
なにより、香港人はやかましい。街中の喧騒もすさまじいが、週末毎に香港人たちが一族揃うレストランはあたかも割れ鐘のようだ。一人一人の声がでかいところにもってきて、客という客が大きなテーブルの向こうの相手に聞こえるように一斉にがなりたてるのだから想像を絶する。お碗は持ち上げずに、つっぷしては食べ、骨や殻も直接お皿にぶっと吹き出す(往々にして標的を逸れテーブルクロスに散乱する)のが食事のマナーというのも手伝って、混沌窮まりない。ウエイターも慣れたもので、客が帰った後はクロスごとくるくる巻いて片付けてしまうが。
ゲップがよくてくしゃみが失礼なのも解せない。空調に問題あり、のオフィスでアレルギー性鼻炎に襲われがちだった私のデスクまでわざわざやってきては「非礼」を咎める同僚が、私の鼻先でゲップして行くのにはキレた。
恐れ入ったのは金銭感覚。それも、特に発達しているのが、旧宗主国のレディーファーストのいいとこ取りをした小姐達だ。「自分の次に好きなのはお金」と公言してはばからず、新年の抱負はまず例外なく「お金を儲ける」。交際中はアッシー君メッシー君と盛んに使い立てられた上に品定めされ、ようやく結婚にこぎつけると、式の費用は新郎側が全額持ち、家も手当し名義は妻、なんて習慣では、女たちの離婚太りもむべなるかな。所得税も夫に払わせ、自分の給料は丸ごと可処分所得が普通だともいう。やれ宝石買って夫にツケ回せ、なにくれねだれ、という同僚達の連日の悪魔の囁きに見事抵抗しおおせ、自立する女の操を守った私だ。
罪のないところではパジャマ。婚家ときたら、帰宅すると全員直ちにパジャマに着替え、お客が来ようと動じる気配もない。姑はパジャマで台所に立ち、舅も夫もパジャマの袖をお汁に浸しながらご飯を食べる。汚いではないか。かといって誰にも相談できず悩んでいると、いみじくも旧友の華僑が言った。「ぼくもよく聞かれるんだけどね、中国人にとってパジャマ姿は、もうお出かけし
ない、家でくつろいでいる、という証なの。」
今や郷に従ってしっかりパジャマの私だ。
そして、縁起をかつぐこと。顔のほくろから長く伸ばした毛を慈しむがごと捩っている男達を多数目撃し、解釈に苦しんでいたが、ある日、人相の参考書を目にして長年の疑問は氷解した。いわく、顔のほくろはすべからく凶相(舌が届く位置にある上唇のほくろは例外、一生食いっぱぐれがない)。但し、毛を伸ばせば、凶相転じて吉相になる、と。ちなみに、食いっぱぐれなしほくろに恵まれた私は、すっかり自信を抱いてしまった。
風水は日本でもこのところすっかり流行ものになったが、自分は合理主義と豪語していたのもどこへやら、一昨年大病続きで気が弱くなった夫は、風水師にすがった。師曰く、私は環境に左右されず適応力抜群だが、夫は悪い気の影響をもろに受けてしまう。一例を引けば、寝る位置が便器の直撃を受ける(トイレとベッドの間に遮るものがない)のが悪い、と。私が代わってあげたのが効いたのかどうかはさだかでないが、夫は快癒し、事業も不景気を乗り切りつつ今日に至っている。
私にとっては、占星術の見立てにより、「あげまん」が証明されたのが有難たかった。「金の豚」の私が、招き猫よろしく黙って座れば我が家は安泰なのだという。財布は夫が握り、おさんどんは姑任せ、使用人(お手伝いや運転手)を取り仕切ろうにも、いわば悪平等主義の日本で育った私にはてんで務まらない。跡継ぎを産んでさしあげようにもかなわず、と女主の面目まるで立たずと恐縮していた私だが、どうやらこの先末永く大手を振ってウォン家に君臨できそうである。
ルビ
小姐 シューチェー
捩 ねじ
流行 はやり
傍点
食いっぱぐれなし
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