| 読売新聞 YOMISAT 中国・アジア衛星版
リレーエッセー香港
1999年1月27日掲載
「牛乳騒動」利益優先にノー
ここ二週間ばかり一時帰国していた。久しぶりの日本は、おりしも牛乳ショックの渦中にあり、実家の最寄りのスーパーにも、雪印製品の販売を当分自粛すると張り紙が出ていた。
雪印スキャンダルが明るみに出たとき、しょっちゅう何かしらに腹を立てている私をよく知る日本の友人知人から、私がさぞかし怒り狂っているだろうと忖度するメールやファックスが届いた。
しかし、基本的に大量生産を信じていない私の感慨は、「やっぱりね」という程度のものだった。
日本は、ヒ素ミルク事件にもかかわらず、森永乳業を淘汰しなかった国だもの。経営者に、消費者を畏れるというまともな感覚を、あんまり期待できない気がする。
雪印の製法は、同業者も唖然とするずさんさ(すなわち同業他社の衛生管理は大丈夫)と報じられたが、ことは雪印一社の問題にとどまらず、そもそも生鮮食品であるべき牛乳がシステマティックに「製造」される「工業製品」である、という構造的な問題に帰結するはず。
日持ちがせずコストのかさむ生乳の利は薄い。「加工乳」なら、それこそ工業製品 さながら大量生産・流通が可能になり、利益追求が絶対命題の企業が加工乳に流れるのは当然だろう。
もともと牛乳嫌いで、学校給食には散々悩まされた私は、牛乳神話の崩壊を歓迎す る気持ちの方が勝ったこともある。 そもそも牛乳を飲む習慣がなかった日本人に、牛乳さえ飲んでいれば大丈夫という
信仰に近い気分を植え付けたのは、戦後学校給食を導入し「国策」として牛乳を奨励 したお上であろう。
歳がばれるが、私は小学校に入ってまず、脱脂粉乳の洗礼を受けた。(それまで、 せいぜいご近所で飼っていた山羊の乳を飲んだことがある程度だった。)三年から生乳になって一息ついたが、やはりまずい。学校給食の残滓調査はかっこうのいじめの
材料だったから、あわれな私は、毎日息をとめては牛乳を一気飲みしていた。 それに、牛乳によって確かに日本人の「体格」は向上したが、「体質」の方はむしろ悪化したのではなかろうか。カルシウムばりばりのはずの子供たちの骨が脆く、ささいなことで骨折するとも聞く。
最近は、更年期の女性をマーケテイングの対象に、骨粗鬆症防止にきくと訴求している。 しかし、カルシウムは単独で摂っても駄目で、マグネシウムと組み合わせてやらないと体は利用できないし、牛乳を飲んでいる女性の方が骨粗鬆症になりやすいとい
データまで出てくる始末。
やっぱり、カルシウムはなるべく小魚やミネラル豊富な野菜から摂り、適度に運動 して骨に負荷をかけてやるのが、骨のためには一番なのではなかろうか?
それよりなにより、黄色人種には牛乳に含まれる乳糖を消化する酵素を持たない 「乳糖不耐性」の人が多い。雪印幹部が発言して差別だと問題になった、人種によっ
ては牛乳を飲むと下痢をするというのは、事実である。 さらに、牛乳たんぱくは人間にとって異物でもあり、アレルギーを引き起こすこと
も多い。
何を隠そう、私だって、ずっと自分は鼻風邪を引きやすいと思いこんでいたが、最 近何のことはない牛乳アレルギーと判明した(ハウスダストが主なアレルゲンでは
あったが)。生乳こそ嫌いだが、クリームやチーズには目がなく、カフェオレに浸っ て暮らしてきたけれど、生活を改めて、牛乳アレルギーの息子同様、豆乳オンリーにしたら、症状が劇的に改善するではないか!
きっと欧化したアジア人の多くは、自分が乳糖不耐性やアレルギーだと知らずに、 消化不良や鼻炎に悩まされているに違いない。 従って、海の幸や穀物、野菜に恵まれた私たちが、栄養のために無理に牛乳を飲む
必要はないと言ってよかろう。牛乳が好きだから飲むのでない限り。
おいしい牛乳といえば、故郷の岩手にも多くいる、まじめに酪農に取り組んでいる 篤農家の絞りたての牛乳だったら、牛乳嫌いの私だっておいしく飲める。
市販の牛乳のまずさは、百二十度で二秒殺菌する瞬間超高温滅菌が主流だから、と も言われている。おいしい牛乳飲みたい派はせめて六十五度三十分の低温殺菌を、と言うが、良心的な生産者が間近にいない限りなかなか実現しないであろう。
遠回りに見えても、利益優先の企業にノーと言ってまともな食べ物を作っている生 産者を支える賢い消費者になるのが、おいしい牛乳、ひいては食の安全を確保する自衛手段ではなかろうか?
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