| 読売新聞 YOMISAT 中国・アジア衛星版
リレーエッセー香港
1999年1月27日掲載
香港流子育ての矛盾
香港といえば自由都市をもって任じ、傍目には傍若無人のやりたい放題と映る香港人が、借りてきた猫さながら長いものに巻かれてる。ずばり、子供関係である。
電車一つ乗るにも、人を押しのけて我先の人々が、ひとたび子連れとみるや、 たちまち席を譲ったり、なんというか、中華とは子煩悩な文化のようである。
それなのに、子供の自殺率が高い。
十歳にも満たない子供が、成績不振(いじめにあらず)を苦にして、ビルの屋上からぽんぽん飛び降るのである。
なにしろ、香港の詰め込み教育ぶりは日本の比ではない。
大学の絶対数が少な いのが悪い、と言われるが、早いうちからできない生徒を振り落とすシステム(できる子は英語で教える中学へ進む)ができあがっている。
英語で教えることは教えるが、テストは全部漢字で書いてあるし、中国語の読 み書きがものをいう。 おしめもとれないうちから、「早期教育」に駆り出され、あの画数の多い繁字
体を仕込まれたんじゃ、小学校途中で燃え尽きるのも無理はない。
子供が二歳からこのかた、連日連夜の宿題を寝食を惜しんでこなしてます、と涙ながらに訴える親があっても、私なんぞは、親が手伝わなきゃ出来ない宿題をしたところで子供の力にゃなるまいに、と白けてしまう。
頭の良い子に育てたかったら、よくかんで食べさせて十分睡眠を取らせるこ と、と科学的にも証明されている。やってることときたら、てんで逆さまだ。
なんで誰もおかしいって言い出さないのかな?きっと動いている列車から自分一人降ります、って言うのがこわいんだろうな、自分一人のことだったらどうとでもなるけど、子供が割をくったらかわいそう、とか信念もぐらつこうってもの、などと勝手に解釈していたら、いた、いた。さすがに腹に据えかね立ち上がった親達がいた。
折しも教育制度改革の公開諮問のまっただ中、ゆとりの教育を求める意見広告 「一群家長的宣言」が中国語紙に出た。 宿題を減らし、子供本来の仕事である遊びを取り戻さしめよ、テスト重視、丸暗記重視をやめ自分の頭で考える力、創造性をつけさせよ、を主眼としている。
私たちも誘われ、百香港ドル払って一口かんだ。 諮問打ち切りまでに、賛同者は四千人ほどに膨らんだ。
これはいろんな人が言っているのだが、人は幼児期を通じて、夢うつつの状態から、あらかじめ備えて生まれて来た魂というか人格に次第に目覚めてゆく。
人を心身及び霊的な三位一体の存在ととらえるルドルフ・シュタイナーが興した全人教育が長年ドイツで実践されている。香港にもシュタイナー教育を紹介す
べく、「ヴァルドルフ学校基金」ができたのは喜ばしい。
「お入学」はともかく、〇歳児の息子にとって待ったなしなのは、予防接種である。
こっちの方は、異議を唱えている親は私の知る限り三組だけである。 学齢に達するまでにゆっくり打てばよい日本(それにしたって度重なる事故に
黙っちゃいなかった親たちの努力の賜である)とは違って、生まれた途端にBCG、ポリオ、B型肝炎に始まって一、二、三、四、六か月、一歳、一歳半で一段
落するまで注射を打たれまくる。息子も、腕に接種痕も生々しく我が家にやってきた。
ワクチン自体の安全性を云々しないまでも(一説によると相乗効果により、接 種回数が多い国の事故のリスクは七〜十七倍)、香港が輸入しているのは
旧式のだし、添加物として水銀、アルミ、ホルマリンが入っている。これじゃ あ、食べ物や住まいにいくら気を配ったところで、一発で帳消しである。
インフォームド・コンセントなんか、ふん、ってなもんで、こないだなんか妊 娠中の女性に風疹の注射を打った女医が無罪放免になっていた。
そんなこんなでソーシャルワーカーの矢の催促をかいくぐり、せめて1歳まで は、と引き延ばし作戦中である。小児科医があっさりそいつぁいいと言うのに拍子抜けしたが。
なにしろ遅くに持った子であるから、息子が大人になる頃、私はへたするとこの世にいるかどうか。何を残してやれるかと考えたら、自分で人生を切り開く力、それって資本は、柔らかい頭とまっとうな身体に尽きる、と思うのだもの。
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