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ハーバード所蔵                         リヴァープール所蔵

Woodの書には、「髪に7つの星があるとロセッテイは詩に書いた」とあるが、6つしか見えない。

平成24年9月11日孫の幼稚園の参観に上京したついでに、美術展を4箇所見た。11日は都美術館で
マウリッツハイス美術館展及び国立西洋美術館でベルリン国立美術館展。どちらもすごい人だった。
特に、マウリッツハイス美術館展は切符を買うのに、20分ぐらい、入場するのに1時間くらいかかった。原因はフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」らしい。翌12日は太田美術館とブリジストン美術館のドビュッシー、音楽と美術展。ブリジストンも結構な入りだが前日ほどではない。ブリジストンの図録を今日21日家で見ていたら、ダンテ・ガブリエル・ロセッテイの「選ばれし乙女」のリヴァプール国立美術館蔵版が挿絵として載っていた(51頁)。たまたま手元にある、同じ名前のハーバード大学所蔵版(The Pre-Raphaelites by Christopher Wood 103頁)のコピーと並べてみた。もっとも撮影の精度が異なるので、比較になるかどうか。

国立西洋美術館でゴヤ展を見た。その内、「アブランテス公爵夫人」ゴヤ 1816年 油彩が 下に示したマリー=ガブリエル・カペ 自画像(国立西洋美術館蔵)と雰囲気が似ているので並べてみた。体の向きは違うが  23年12月7日  (カタログからのスキャン)

花巻市博物館で浮世絵の特別展があったので見に行った。菱川師宣から北斎、広重、歌麿、
国貞、英泉等100枚近い展示だった。2枚だけコピーを買ったが、その内の一枚
国貞の「当世32相」のうち、「世事がよさ相」。最初見た時、丼物でも食っているのかなと思ったが、良く見ると彼女が持っているのは箸ではなく、「江戸時代の歯ブラシである房楊枝で歯を磨いたあと、楊枝の柄の平たい部分で、舌にたまった汚れや舌苔を除去している」のだそうだ。(小林歯科クリニックさんのHPから。)すると丼の中身はただの水か。

最近町内会で、地域の文学碑について話す機会があった。宮沢賢治の詩ノートの「人はすでに二千年から」という詩稿が刻まれている石碑が市内南万丁目地内にあり、それも取上げた。その中に、「何故いまだにわれらの土が おのずからなる紺の地平と 華果をもたらさぬのであろう」と云うくだりがある。なかなか、よく理解できなかった。ところが、偶々、町内の宗教団体の式典に呼ばれ、町内会側として出席した。そこで、式の途中に渡された経文があった。妙法蓮華経如来寿量品第十六と云うのだそうだ。その中に、「宝樹華果多し」という、表現があった。ああ、これか、と、思った。何となく、賢治の表現がわかった様な気がする。
 今日、つれづれに、ラファエル前派展カタログを見ていたら。「メッセール・アンサルドの魔法の庭」という絵があった。華も果もふんだんに咲き、かつ実っている(2本別々だが)。賢治もお経も、1本の樹が、その様に経過することを、宝樹と表現し、こいねがっている樹なのだろう。
この絵は「デカメロン」をモチーフにしてマリー・スティルマンというイギリスの女流画家が描いたものらしい。賢治とは、思いが異なるかもしれないが、面白いと思ったので、下にその絵を
示す。(23年3月25日)(註:この絵は窓の外が冬であることに意味があるそうだ)

佐々木由美子さんがイギリス(バーミンガム)の展覧会でコレクターの投票で一位と評価され、その地の人に買い求められたそうだが、ひたすら青い絵だ。華も果も見えないが。自然の美しさに対する畏敬が溢れる。(23年3月25日・23年5月24日追加訂正)

国立西洋美術館でゴヤ展を見た。その内、「アブランテス公爵夫人」ゴヤ 1816年 油彩が 下に示したマリー=ガブリエル・カペ 自画像(国立西洋美術館蔵)と雰囲気が似ているので並べてみた。体の向きは違うが  23年12月7日  (カタログからのスキャン)

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藤田嗣治の絵も3枚ほど展示されていたが、彼は西洋人から見たら浮世絵師と思われていたのではないだろうか。今になりフト思った。

ブリジストン美術館のTea Room ジョルジェットでコーヒー
と紅茶(家内)を飲んだが、量が多く飲みきれない。
絵を見て豊かな気持ちになり、鷹揚に飲み残して帰った。    私まだコーヒー飲んじゃだめ?

日本橋周辺の広告パンフレットを見たら、「日本橋はパリに似ている」というような意味の文に出くわしたことがある。「・・人々の暮らしに深く結びついた川が流れ、名のある橋が架かっていること 云々 。」しかし、今は水路部分はどんどん減ってきているので、その面影は離れていくかも

ラセーヌ 寸景 佐々木由美子(水彩)

パリの休日    佐々木由美子(水彩)

花巻に戻る前少し時間があったので、久しぶりにブリジストン美術館に寄った。
「セーヌの流れに沿って」という企画展が開催中であった。
土田麦僊の絵も珍しかった。浅井忠の「グレーの洗濯場」やルノワールやシニャックの洗濯船
等「洗濯」という言葉の題名の絵が多いのに驚かされた。今は見られない光景であろうが。

孫の荷物運びで一緒に上京して、時間が有ったので、西洋美術館に寄った。家の孫はキテイちゃんバッグを大事にしていたが、この子は雌鳥が大好きらしい。

               モーリス・ドニ  雌鳥と少女 国立西洋美術館

こんな美人の自画像ってアリ? と誰か言ってるかどうか

マリー=ガブリエル・カペ 自画像 国立西洋美術館

ダンテ・ガブリエル・ロセッテイ                   同左  プロセルピナ
 愛の杯 国立西洋美術館                    さもない我家の複製

国立西洋美術館に行ったら、フラッシュを使わなければ写真撮影が可能と言われたので
手持ちのデジカメで5,6枚写した。そのうちから数枚ここに載せました。(23年2月)

東日本大震災の惨状にはいうべき言葉も無い。偶々、本棚の「京都国立近代美術館」所蔵名品集を眺めていたら、木島(このしま)桜谷の「行路難」(いくみちは、かたし ト 読む カ)という絵があった。画中の3人の表情が、現在の皆さんの気持ちを伝えているような気がしたので。ちなみに、この絵は大正11年に描かれたものだそうだが、翌12年の9月、関東大震災が発生した。(23年3月24日)

行路難  木島桜谷

李白の詩に「行路難」という詩があるそうだ。「こうろなん」もしくは「こうろかたし」
とカナがふってあった。詩の主人公は、この絵の主人公とは「境遇」が、違うように思えた。

少し余裕が出来たので、久しぶりに宮沢賢治の「春と修羅」(筑摩書房版、昭和42年初版)
を読む。今まで気がつかなかったが、その中で、春と修羅 第一集補遺の「宗谷挽歌」に
「ホイッスラーの夜の空の中に」と言う、下りがあった。ひょっとして、と、本棚のホイッスラーの
画集を開いてみた。「青と緑のノクターン」として載っていた。この絵が、賢治の引き合いに出した絵
と保証は出来ないが、あるうちではこれが一番ふさわしいような気がする。
賢治が早朝に港に着いたときの暗い空がこんな空だったのだろうか。
しかし彼は、どこでこの絵を見たのだろうか。




青と緑のノクターン             ホイッスラー      

伊藤若冲展が岩手県立美術館で開催されているので見に行った。(6月11日)上野などで
大勢の間で押されるように見るのとは違い、人も少ないので多少楽だった。下の虎図の
平行線、曲線、拡散する線、の精緻さには驚く。苦も無く画いているから、勢いが消えない。
(同展カタログからスキャン)

再び、宮沢賢治の「春と修羅」第一集補遺(筑摩書房昭和42年)の「宗谷挽歌」
を見ていたら、ホイッスラーの少し前の行に
    たしかに船は進み出す
    この空は広重のぼかしのうす墨のそら
   波はゆらぎ汽笛は深くも深くも吼える・・・
       と あった
またぞろ、手じかな画集を探したが、多分これかなと云うのは、例の「蒲原」
夜之雪     どうだろうか(保永堂ではなく、後刷りの竹内)