2 真空溶媒について

一 はじめに

今回の原子朗教授の風のセミナー「賢治の詩の面白さ」の講義のテキストは「真空溶媒」であった。

賢治の詩は耳に心地よく、読むときもテンポがあり、楽しい。しかし、文字を辿ろうとすると、前に進めなくなる。それが、かなりはっきり出ているのが、この詩だった。

講義の冒頭、先生が「融銅」は太陽だといった。最初から、文字を辿る苦難の道を指示された感じだった。勿論、その後1時間半楽しく講義を聴いた。家へ帰って再度読み直すときに、せっかくなので、自分も文字をたどって読んでみようと思った。ところが、案の定、中々わからない。それでも我慢して、文字を追った。すると、少し見えてきた。どうも、この詩は、山に登った時の事を歌っているという気がしてきた。 それについて、他の人々はどう考えているかも知りたくなり、急遽、イーハトーブ館から目ぼしい資料をコピーして、目を通した。しばらくして、栗原敦「宮澤賢治―透明な軌道の上から」(新宿書房)に「空の上方、垂直的な方向性さえ感じられる」(同書62頁)と書いてあるのに出くわした。やはり山がかんでいると思ったのは間違いないと確信した。

しかし、最初の場面に銀杏が出てきたことからすると、小岩井もからんでいるようにも思える。では、小岩井の近くの低い山かと思った。狼森とか早坂森など。

ところが、この詩の中ほどからは、かなり険しい山を言っていることにも気が付いてきた。すると岩手山が舞台でなければならない。

原子朗の賢治語彙辞典の「小岩井農場」の項(247頁)に、この詩が書かれた1922年5月の7日と21日に賢治は小岩井に来ているとあった。

次いで、インターネットや地図を調べると、小岩井経由で岩手山に登山することはありうるケースにおもえた。牧場から岩手山の頂上まで地図上の直線距離で15キロもない。急遽ネットであちこち登山報告を拾うと、上り3,4時間下り2,3時間で日帰り登山の例が何件か見つかった。

これできまり。以下、この詩は、1922年5月のいつの日(7or21?)かに小岩井を経て岩手山に登った時の賢治の経験を物語ったものとである、という視点をとることにした。島村輝が「真空溶媒」(国文学解釈と鑑賞平成2年6月号)で、「「真空溶媒」では(・・中略・・)「物語」が作り上げられている。」と指摘した方向にもある程度合う。

また、各行を解釈するに当たり、賢治が岩波茂雄に宛てた書簡で述べているように「・・厳密に事実のとほりに記録したもの・・」(新校本賢治全集第15巻234頁)(この書簡についての知識は菊地信夫「真空溶媒」(国分解釈と鑑賞平成7年9月)から得たものである。)という賢治の認識を念頭に置いた。

 二 本文

融銅はまだ眩めかず

白いハロウも燃えたたず

地平線ばかり明るくなったり陰ったり

はんぶん溶けたり澱んだり

しきりにさっきからゆれている

賢治は朝大分早くに宿を出、岩手山に向かっている。太陽はもう少しで朝日になって輝こうとするが、その少し前の時点、東の空があかるくなりかけ、雲の加減で、日の出地点の周辺が明るくなったり、元にもどったりしている。

  おれは新らしくてパリパリの

  銀杏なみきをくぐつてゆく

若葉が萌えだした小岩井の銀杏の並木のそばを通って行く

  その一本の水平なえだに

  りつぱな硝子のわかものが

  もうたいてい三角にかはつて

  そらをすきとほしてぶらさがつてゐる

  けれどもこれはもちろん

  そんなにふしぎなことでもない

銀杏の横枝に夜の内に降った雪がまだ少し溶けないで残っている。(このあたりでは、5月に雪が降ることは珍しいことではない。)溶けた分はツララ状に垂れ下がり、空が透けて見える。真冬だと、太陽が出ないと雪も溶けないが、さすがに5月ともなれば、温度が高いので、太陽が出なくとも、たいていは溶けてしまっている。

  おれはやっぱり口笛をふいて

  大またにあるいてゆくだけだ

  いてふの葉ならみんな青い

  冴えかへつてふるえてゐる

賢治は颯爽と歩いている。出揃った若葉が風のために揺れているが、寒さのため震えているように見える。

  いまやそこらはalcohol瓶のなかのけしき

  白い輝雲のあちこちが切れて

  あの永久の海蒼がのぞきでてゐる

  それから新鮮なそらの海鼠の匂

このあたりから、賢治はかなり高い所にさしかかったのだろう。雲も間近になり、景観も見下ろす場面も出てくる、、空の青さも山から見る青さになり、空気(匂い)も山の空気(匂い)だ。

  ところがおれはあんまりステッキをふりすぎた

  こんなににはかに木がなくなつて

  眩ゆい芝生がいつぱいいつぱいにひらけるのは

  そうとも 銀杏並樹なら

  もう二哩もうしろになり

  野の緑青の縞のなかで

  あさの練兵をやつてゐる

ここまで一気に早足で、上ってきたが、周りの景色はすっかり高地性のものに代わった。さっきの銀杏ははるかかなた下のほうに、小さな人影ぐらいにしか見えなくなった。

  うらうら湧きあがる昧爽のよろこび

  氷ひばりも啼いてゐる

  そのすきとほつたきれいななみは

  そらのぜんたいにさへ

  かなりの影きやうをあたへるのだ

山の上の爽快さは私にどんどんわいてくる

高山のひばりがないているが

それがさらによろこびを増してくれる

 すなはち雲がだんだんあをい虚空に融けて

 たうたういまは

  ころころまるめられたパラフヰンの団子になつて

  ぽつかりぽつかりしづかにうかぶ

ここから、目の前の雲の様子を述べ始める。その場合、

草野新平の「「春と修羅」に於ける雲」(学芸書林・天沢退二郎編「春と修羅研究T」所収43頁)に於いて膨大な数の賢治の雲の表現を抜き出し、感嘆して「しかも彼は一見放縦とも見える自由な雲間散歩に於いても、詩人としての自負と責任から、滅多に再び同じ雲をスケッチしようとはしなかったのである。」と警告しているように、雲の表現の迷路に迷い込まないようにしたほうが良いかもしれない。

ともかくここでは、雲が小さめになったらしい。

 地平線はしきりにゆすれ

 むかふを鼻のあかい灰いろの紳士が

 うまぐらゐいあるまつ白な犬をつれて

 あるいてゐることはじつに明らかだ

無数の雲の表現をするということは、雲の様子を具体的にあらわすことでもある。抽象的表現だけではすぐに限界に突き当たる。赤い鼻の灰色の紳士が、白い犬をつれて、である。

  (やあ こんにちは)

  (いや いゝ おてんきですな)

  (どちらへ ごさんぽですか

    なるほど ふんふん ときにさくじつ

    ゾンネンタールが没くなったさうですが

    おききでしたか)

    (いゝ えちつとも

    ゾンネンタールと はてな)

    (りんごが中つたのださうです)

    (りんご、ああ、なるほど

    それはあすこにみえるりんごでせう)

賢治と雲の紳士との対話が続く。その時すばやく賢治は近くにりんごの木に似た雲を見つけた。

  はるかに湛える花紺青の地面から

  その金いろの苹果の樹が

  もくりもくりと延びだしてゐる

積乱雲なのかその雲は下からどんどん成長してきた

  (金皮のまゝ たべたのです)

  (そいつはおきのどくでした

  はやく王水をのませたらよかつたでせう)

  (王水、口をわつてですか

  ふんふん、なるほど)

  (いや王水はいけません

  やっぱりいけません

  死ぬよりしかたなかつたでせう

  うんめいですな

  せつりですな

  あなたとはご親類ででもいらつしやいますか)

  (えゝ  もうごくごく遠いしんるいで)

舞台は山の上なので雲はどんどん流れていく。にもかかわらず、賢治と雲との対話は瞬時に大量の情報を交換する。宮澤清六が「「春と修羅」への独白」(兄のトランクー筑摩書房・104頁)で「彼(賢治−引用者)がこれらの譚の思い出に要る時間がまたほんの一寸の間なのだ。」と書き、栗原敦がそれを受け「宮澤賢治―透明な軌道の上から-新宿書房」72頁に「「一瞬」の間にいわば無限に近いような内容が同時に存在しうる「心象」という」情況にに該当する場面なのだろう。

  いつたいなにをふざけてゐるのだ

  みろ、その馬ぐらゐあつた白犬が

  はるかのはるかのむかふへ遁げてしまつて

  いまではやつと南京鼠のくらゐにしか見えない

動きの早い雲が形を変えながら向こうに流れる

   (あ、わたくしの犬がにげました) 

   (追ひかけてもだめでせう)

   (いや、あれは高価いのです

    おさへなくてはなりません

    さよなら)

その雲の形が気に入っていたのか、遠ざかるのを惜しみながら

  苹果の樹がむやみにふえた

  おまけにのびた

  おれなどは石炭紀の鱗木のしたの

  ただいつぴきの蟻でしかない

りんごの木の形をした雲を迎え、少しゆとりが出たか、自省の念すら浮かぶ

  犬も紳士もよくはしつたもんだ

  

それにしても、あの犬と紳士に似た雲はいい雲だった

  東のそらが苹果林のあしなみに

  いつぱい琥珀をはつてゐる

日の光が強くなり、りんごの木の形をした雲の下のほうがまばゆく見える

 そこからかすかな苦扁桃の匂いがくる

 すつかり荒さんだひるまになつた

そういえば、なんだか牡丹杏の様な匂いがする。昼になったが、しかし、風が本当に

はげしくなったな。 

  どうだこの天頂の遠いこと

  このものすごいそらのふち

思えばかなり登ったものだ。まわりには草木はなく、岩以外は見えない

  愉快な雲雀もたうに吸ひこまれてしまつた

  かあいさうにその無窮遠の

  つめたい板の間にへたばって

  瘠せた肩をぶるぶるしてるにちがひない

途中で啼いていた高山性の雲雀でもここまでは来れない

  もう冗談ではなくなつた

  画かきどものすさまじい幽霊が

  すばやくそこらをはせぬけるし

  雲はみんなリチウムの紅い焔をあげる

  それからけわしいひかりのゆきき

山頂の風が強く荒涼たる景色、ひょっとしてその時、雷鳴でもあったのか

  くさはみな褐藻類にかはられた

  こここそわびしい雲の焼け野原

生物といっても苔とか菌ぐらいしかない。雲すらここはまばらだ

  風のジグザグや黄いろの渦

  それらがせわしくひるがへる

  なんといふとげとげしたさびしさだ

ただ、風が強いだけの殺伐とした場所だ

  (どうなさいました 牧師さん)

  あんまりせいが高すぎるよ

  (ご病気ですか

  たいへんお顔いろがわるいやうです)

  (いやありがたう

  べつだんどうもありません

  あなたはどなたですか)

  (わたくしは保安掛りです)

再び、雲と対話を始める。賢治はここでは、保安掛に扮する。

雲はそれほど純白で力強くもない。多分山頂から少し降りたあたりか。

  いやに四かくな背嚢だ

  そのなかに苦味丁幾や硼酸や

  いろいろはいつてゐるんだな

賢治は自分の持ち物を報告する

  (そうですか

  今日なんかおつとめも大へんでせう)

本当に風の強い日になった、予想外の大荒れだ

  (ありがたう

  いま途中で行き倒れがありましてな)

  (どんなひとですか)

  (りつぱな紳士です)

  (はなのあかいひとでせう)

  (そうです)

さっき、気に入った雲を見たあたりまで山を降りてきたのか

   (犬はつかまつてゐましたか)

   (臨終にさういつてゐましたがね

    犬はもう十五哩もむかふでせう

    じつにいゝ 犬でした)

   (ではあのひとはもう死にましたか)

   (いゝ え露がおりればなほります

    まあちよつと黄いろな時間だけの仮死ですな

    ううひどい風だ まゐつちまふ)

  まつたくひどいかぜだ

  たほれてしまひさうだ

  

風は相変わらず激しい

  砂漠でくされた駝鳥の卵

  たしかに硫化水素ははいつてゐるし

  ほかに無水亜硫酸

  つまりこれはそらからの瓦斯の気流に二つある

  しやうとつして渦になつて硫黄華ができる

    気流に二つあつて硫黄華ができる

      気流に二つあつて硫黄華ができる

頂上の少し手前の火口のあたりか、硫黄のにおいもするだろう。もともと、荒涼とした異空間のような所だ。その上、気象条件がすごく悪い。本人も疲れがたまったこともあり、思考が空回りを始め、しばらく休憩したのだろう。

すると、急に眠気がさしてきた。

  (しつかりなさい しつかり

  もしもし しつかりなさい

  たうたう参つてしまつたな

  たしかにまゐつた

  そんならひとつお時計をちやうだいしますかな)

この荒れた山で、1人でいるときに寝込んでしまったら危ない。しっかりしろと自分にいいきかせる。さっきは、自分を保安係と喩えたではないか。夜も寝ずに、安全を守るのが自分の役目ではないか。寝るな、ねるな。うっかり、寝てしまい、時計でも盗まれたら、全くいい笑いものになってしまう。(ここでは、「寝込んで、死んでしまったら」、と暗喩したのかもしれない。)

  おれのかくしに手を入れるのは

  なにがいつたい保安掛りだ

  必要がない どなつてやろうか

    どなつてやろうか

      どなつてやろうか

        どなつ・・・

こんなに、眠たがっては! 「夜に強い」保安掛に喩えたことは間違いだった。保安掛の役は返上だ。そんなことはともかく、眠くてたまらない、寝込みそうだ。

  水が落ちてゐる

  ありがたい有難い神はほめられよ 雨だ

  悪い瓦斯はみんな溶けろ

    (しつかりなさい しつかり

     もう大丈夫です)

雨になった。顔が水で洗われたせいか、それとも、雨が周りの眠気を流したのか、とにかく眠気が消えてきた。

  何が大丈夫だ おれははね起きる

    (だまれ きさま

     黄いろな時間の追剥め

     飄然たるテナルデイ軍曹だ

     きさま

     あんまりひとをばかにするな

     保安掛りとはなんだ きさま)

ああ一安心だ。すっかり、睡魔が消えた。

  いい気味だ ひどくしょげてしまつた

  ちヾこまつてしまつたちいさくなつてしまつた

  ひからびてしまつた

  

さっきまでの、自分は本当に惨めだった。もしや、という気にすら襲われていた。

  四角な背嚢ばかりのこり

  たヾ一かけの泥炭になった 

  ざまを見ろじつに醜い泥炭なのだぞ

今は、背嚢の重さだけが、つらい。全く重い。

  背嚢なんかなにを入れてあるのだ

  保安掛り、じつにかあいさうです

それにしてもこの重さ。なんとかならないか

 

  カムチャッカの蟹の缶詰と

  陸稲の種子がひとふくろ

  ぬれた大きな靴が片つ方

  それと赤鼻紳士の金鎖

その中には、虚実取りまとめこれだけ入っている。

  どうでもい 実にいゝ 空気だ

  ほんたうに液体のやうな空気だ

中身の話はどうでもいい、もう大分、元気が回復してきた。風も穏やかになったし。

  (ウーイ 神はほめられよ

   みちからのたたふべきかな

   ウーイ いゝ 空気だ)

風が収まったことは本当に有難い。神に感謝の心境だ。

  そらの澄明 すべてのごみはみな洗はれて

  ひかりはすこしもとまらない

  だからあんなにまつくらだ

雨がやみ、風もやんだ。まわりは静かにいつもの静寂の山になったが、陽は出てこない。

  太陽がくらくらまはつてゐるにもかゝ はらず

  おれは数しれぬほしのまたたきを見る

  ことにもしろいマヂェラン青雲

いかに、暗い空でも、昼に星を見ることができるのだろうか。賢治の天文知識の確かさを持ってすれば、星や青雲のその時点の所在方向を正確に言うことは可能であろうが。

  草はみな葉緑素を恢復し

  葡萄糖を含む月光液は

  もうよろこびの脈さへうつ

  泥炭がなにかぶつぶつ言つてゐる

山を大分下ってきた。草木も青々としたものが多くなり。あめにぬれた葉っぱもさわやかだ。元気も大分回復したので、賢治がせかせかと足取りもかるく、下っていくと、背中の背嚢もカタカタなっている。

  (もしもし 牧師さん

  あの馳せ出した雲をごらんなさい

  まるで天の競馬のサラアブレッドです)

すっかりペースを取り戻した賢治は、時々上方を見、また雲との対話を始める。

    (うん きれいだな

     雲だ 競馬だ

     天のサラアブレッドだ 雲だ)

  あらゆる変幻の色彩を示し

  ・・もうおそい ほめるひまなどない

そろそろ暮れかかった。少し、急ごう。

  虹彩はあはく変化はゆるやか

  いまは一むらの軽い湯気になり

  零下二千度の真空溶媒のなかに

  すっととられて消えてしまふ

 

もうすこしで、太陽も、最後の輝雲を見せて

すっかり沈んでしまうだろう

  それどころでない おれのステッキは

  いつたいどこへ行つたのだ

少し急ごう(あせりが出てきたか)

  上着もいつかなくなつてゐる 

  チョッキはたつたいま消えて行つた

急に寒くなってきた

  恐るべくかなしむべき真空溶媒は

  こんどはおれに働きだした

  まるで熊の胃袋のなかだ

まわりも、暗くなってきた。

  それでもどうせ質量不変の定律だから

  べつにどうにもなつてゐない

このあたりは、しょっちゅう来て知っている所だから、それ程不安はないけれど。

  といつたところでおれといふ

  この明らかな牧師の意識から

  ぐんぐんものが消えて行くとは情ない

登山を始めたころは、すごく元気で、我ながら颯爽としていたが、途中、天候不良のせいか、大分ペースをみだし、少し、みっともなかったなあ。

   (いやあ 奇遇ですな)

   (おお 赤鼻紳士

    たうたう犬がおつかまりでしたな)

まあ、しかし、今は、元のペースに戻ったし。

   (ありがたう しかるに

   あなたは一体どうなすつたのです)

   (上着をなくして大へん寒いのです)

でも、とにかく冷えてきた、これはまいった。

   (なるほど はてな

    あなたの上着はそれでせう)

   (どれですか)

   (あなたが着ておいでになるその上着)

    (なるほど ははあ

    真空のちよつとした奇術ですな)

天候を軽く見て軽装で来たのは自分の責任だ。

   (えゝ  そうですとも

   ところがどうもおかしい

   それはわたしの金鎖ですがね)

   (えどうせその泥炭の保安掛りの作用です)

   (ははあ 泥炭のちよつとした奇術ですな)

ひょっとして、賢治はチョッキか何かをもってきたつもりなのかもしれない。

背嚢をもう一度、探してみたようだ。

   (そうですとも

   犬があんまりくしゃみをしますが大丈夫ですか)

   (なあにいつものことです)

風邪をひいたかもしれない。

   (大きなもんですな)

(これは北極犬です)

   (馬の代りには使へないんですか)

   (使へますとも どうです

   お召しなさいませんか)

   (どうもありがたう

   そんなら拝借しますかな)

なにか、乗り物にでも乗ってかえりたいなあ。

   (さあどうぞ)

  おれはたしかに

  その北極犬のせなかにまたがり

  犬神のやうに東へ歩き出す

そうこうしているうちに、ようやく、出発したところにたどりついた。

  まばゆい緑のしばくさだ

  おれたちの影は青い砂漠旅行

小岩井だ。陽もしずむばかりだ。影が長い。

   そしてそこはさつきの銀杏の並樹

さっきの銀杏が見えてきた。

こんな華奢な水平な枝に

   硝子のりっぱなわかものが

   すつかり三角になつてぶらさがる

早朝、出発のときは、夜中に降った雪が少しは枝に残っていたが

いまはすっかり雪が消え、えだに水滴が垂れ下がっているだけだ。

三 最後に

 この物語詩は、失礼だが、多少突っ走る傾向のある賢治が、悪天候にも関わらず予定を変えず登山を強行して散々な目にあったことをモチーフにしたものだろうと思われる。知識と語彙が豊富で、かつそのことにこだわる彼の創作行為と彼の登山行為とがうまく合体した作品だ。まさに賢治躍如という感じだ。

詩や賢治を本格的に研究したわけでもない私が、曲がりなりにも、このようにまとめることができたのは、原先生のセミナーがあったこと、と、更に、宮沢賢治イーハトーブ館の図書室のおかげです。今まで、手にしたこともない大量の研究書、全集、雑誌等が職員の方のご協力で簡単に目が通せ、コピーも自由にできる。夢見たいな環境でした。お礼申し上げます。また、本文中ではお名前を挙げませんでしたが池上雄三氏の丁寧な論文「宮澤賢治の幻想」もこれを書くにあたり非常に参考にさせていただきました。有難う御座いました。

  

                  

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