2 花巻城代日誌(一部) 

A 南部藩花巻城代日誌解題 田中喜多美(抜粋)

以下は花巻市史(資料編 花巻城代日誌 第一巻―第六巻花巻市教育委員会)の解題として田中喜多美が書いたものの、抜粋です。

文政三年から天保九年まで・・事実は安政四年までの四十年近い記録である。

             中略
各種資料を分類整理して、一定の方針で浄書し仕上げたものと解される。花巻城内勤務の御物書頭以下数人の御物書の手によって浄書されたものらしい。
                   中略
記帳文字は、一面十二行で全面「行書体」の文字で、一貫しており、
                   中略
要するにこの城代日誌は、盛岡藩末期の花巻城代で取扱った実際記録であるということである。


B
  本文

    支配替    金銭米豆

    所務貸上   御用金

 

 

 被 仰出    自文政三年

 

                  四    鳳

 

 御沙汰向    至天保八年

 

 

 

   支配替

新渡戸平六 坂水周作 冨沢岩蔵 所替

 文政三年

 

一 筆令啓上候然ハ此度御呼出之新渡戸平六 坂水周作

冨沢岩蔵 右三人へ別紙之通被 仰付附添親類両人之内

壱人ハ本人共へ差添夫々御場所へ立被遣 壱人ハ其許手廻

引越為手配御返被成候 此旨左様御承知其向可被仰達候 依之

右人数手廻当年中引越被 仰付候間 御役人共へ被仰渡

親類共へ申達候様御取斗可被成候 随て引越之節手廻人数ニ

応し御見斗御伝馬被下置候様御取斗可被成候此御許へ

落着罷越候事ニハ無之 其元より夫々御場所へ直々添状

 

被成 被立遣候様御取斗可被成候 何分早我取引払候様呉〃

可被仰渡候 尤居宅之儀ハ 親類共へ頼置跡ニテ勝手ニ

相片付可申旨御取扱可被成候

一 御同心小頭孫右衛門へ別紙之通御沙汰御座候 依テ其筋為取扱

直々七戸へ立遣候 御承知夫々為御心得可被成候 右之段御沙汰

ニ付申入候 以上

 

   十二月十七日           立花源吾

                    葛西半右衛門

                    本堂右門

                    長内良右衛門

   臼井並衛殿

 

猶以 本文三人之者附添親類夫々御官所へ罷越候者並其元へ

相返し候者之名面ハ跡より可申入候 以上

             

 

              花巻御給人

                新渡戸平六へ

                   被 仰渡

 

其方儀 不心得之儀有之ニ付 御糺之上 急度可被及御沙汰

候得共 別段之御用捨を以無其儀 身帯之内半地御取上

御金方ニ被成 田名部御給人被 仰付者也

 

   月日

              花巻御給人

                坂水周作へ

                   被 仰渡

 

文面前同断野田御給人被 仰付

 

 花巻御給人

   冨沢岩蔵へ

被 仰渡

 

其方儀 不心得之儀有之ニ付 御糺之上 急度可被及御沙汰

候得共 別段之御用捨を以無其儀 身帯之内半地御取上

被下置候半地之分御金方ニ被成 毛馬内御給人被 仰付者也

 

  月日

 

              花巻御同心

                孫右衛門へ

被 仰渡

其方義 不埒之義有之ニ付 御糺之上急度御咎可被成候得共

以御憐無其義 御扶持被 召放 七戸へ御追放被

仰付候条 御城下並他御代官所へ立入候ハハ 曲事

可被 仰付者也

  月日

 

          平六 周作 岩蔵親類共恐入差扣願上候處不及其儀旨

被 仰出候段申来ル

 

一 筆令啓上候然ハ昨十七日夜持通し急付を以申入候通

新渡戸平六 坂水周作 冨沢岩蔵 三通御代官所へ今朝

出立罷越候 右附添親類別紙面附差越申候 尤右親類之内

壱人宛其許手廻引越之為手配 平六親類堀内左右

周作親類宮杜幸助 岩蔵親類上野新左衛門今朝立御返 

被成候 右申入候以上

 

                  十二月十八日

                                 

                    立花源吾

                    葛西半右衛門

                    本堂右門

                    長内良右衛門

 

   臼井並衛殿

 

               新渡戸平六附添

                    新渡戸三弥

               坂水周作附添

                    鈴木勘右衛門

冨沢岩蔵附添

     名須川直志

 

 

一 筆致啓上候 各様弥御安全被成 御勤珍重奉存候 然ハ

此元御給人新渡戸平六儀不心得之儀有之無御糺御用捨

を以身帯之内半地御取上御金方被成下 田名部御給人被

仰付手廻共ニ右場所へ引越可仕旨被 仰付候處平六母

当七十九歳罷成 当時病気罷有候由 尤老年之上遠路旅行

為仕候テハ病気差重り候儀も難斗 依之恐入奉存候得共 療

養を加全快仕候處ニテ差越度候間 里方太田左中へ頼置

来春全快之上立遣申度旨平六親類共より願口上書壱通

左中よりも引取置申度旨願口上書壱通都合弐通差出

候得共 右願口上書難取上筋と被存候間 相下ヶ申候 乍然

婦人之儀殊ニハ極老の義にも御座候間 御憐愍を以 右

願之通ニモ被 仰付可被下置候ハハ 双方よりの願口上書取次

 

差越申度候 此段一先御内々御問合申候 否御報ニ被仰遣候様

致度候 則 平六親類よりの口上書並太田左中より之口上

書写を以 懸御目候 此段御内々御問合申度 如斯御座候 以上

 

     十二月十八日     臼井並衛

                    

                    

     長内良右衛門様

本堂右門様

葛西半右衛門様

立花源吾様

 

御内状致拝見候 弥御安全被成御勤珍重奉存候 然ハ

其元御給人新渡戸平六儀 無調法之義有之 田名部

御給人被 仰付 手廻共ニ引配被 仰付候処 同人母此節

 

病気ニ付 里方故同所御給人太田左中へ 全快之内頼置

薬用仕度趣ニ付 双方より口上書願 差出候処 此節之儀故

御取上難被成 口上書御下ヶ被成候由 被仰遣候 拙者共遂内談

候處 御取上被遣候て可然と奉存候間 早々被遣候様致度候 右

御報旁 如斯御座候 以上

 

     十二月廿日     前四人

 

     臼井並衛様

 

    口上之覚

 

私親類新渡戸平六儀 不心得之儀有之 無御糺御用捨

を以 身帯之内半地御取上 御金方ニ被成下 田名部御給人ニ

被 仰付 手廻共右場所へ引配可仕旨被

 

仰付候處 平六母当七十九歳ニ罷成 当時病気罷有候

老年之上 遠路旅行為仕候テハ病気差重り候儀も

難斗奉存候 右ニ付療養を以全快仕候内 私里方ニ付

差置申度旨平六親類共頼合御座候 得快気出立仕候

迄ハ私所ニテ 療養為仕度奉存候間 以御憐願之通

被 仰付 被下置度奉願上候 此旨宜被仰上被下度

奉頼上候 以上

 

     十二月廿一日       太田左中

 

     臼井並衛殿

 

    口上之覚

私共親類新渡戸平六儀 不心得之儀有之 無御糺御用捨

を以 身帯之内半地御取上 御金方ニ被成下 田名部御給人

被 仰付手廻共右場所へ引配可仕旨被 仰付候處

平六母当七十九歳ニ罷成 当時病気罷有候 老年之上

遠路旅行為仕候テハ 病気差重候儀も難斗奉存候

依之恐入奉存候得共 療養を加全快仕候處ニテ差遣度

奉存候間 里方太田左中へ頼置 来春全快之上 立遣

申度奉存候 以御憐願之通被 仰付被下置度

奉願上候 此旨宜被仰上被下度 奉頼上候 以上

 

    十二月          伊藤兵馬

                 鈴木彦右衛門

                 中嶋忠作

                 高橋小十郎

                 新渡戸九蔵

 

     臼井並衛殿

 

          此口上書遣候御用状不見得

 

 

一 筆令啓上候 然ハ田名部御給人新渡戸平六儀此度同所へ

引配就被 仰付候 同人母此度召連罷越可所病気ニ付

来春全快迄 里方故太田左中へ頼置申度旨 双方口上書

願被遣御席へ差上候処 願之通被 仰付候 此旨可被仰渡候

右申入候 以上

    十二月廿三日    葛西半右衛門

 

    臼井並衛殿

 

    口上之覚

私共親類冨沢岩蔵 手廻共出立之儀申上候處早速

御添状並御伝馬御証文御渡被下候 然處昨暮頃より

岩蔵母持病之積気差発 薬用罷有候得共 今朝

出立可仕躰無御座候 依之取詰薬用出立為仕度候間

両三日出立延引為仕度奉存候 此段御聞届被成下度

奉頼上候 以上

 

    十二月廿四日      上野新左衛門

                神山繁太

                藤根和喜右衛門

 

    多賀佐宮殿

    臼井並衛殿

 

          坂水周作手廻十二月廿四日出立新渡戸平六手廻同廿五日出立

冨沢岩蔵手廻同廿七日出立

 

新渡戸平六 坂水周作 冨沢岩蔵 還住

文政九年

一 筆申達候 田名部御給人新渡戸平六儀 先達テ無調法

之儀有之 身帯之内半地御取上 其元より所替被

仰付置候処 旧蝋 御乗出初テ之 御目見首尾好被

仰上 御入部も相済目出度御時節ニ付 以御憐其元へ

還住被 仰付候

 

一 野田御給人坂水周作儀 右同断ニ付身帯之内半地御取上

其元より所替被 仰付置候処 右同断ニ付其元へ還住被

 仰付候

 

一 毛馬内御給人冨沢岩蔵儀 右同断ニ付身帯之内半地御取上

 

其元より所替被 仰付置候處 右同断ニ付 其元へ還住被

仰付申渡候条 此旨相心得右何れも支配可被申候 以上

 

     五月十四日   帯刀

             主殿

             宮内

             上総

             典膳 

 

    中野舎人殿 

 

  元御同心孫右衛門 福岡へ御追放被仰付置候処 御免之

     御書付寺社奉行御目付より来候付 向組小頭へ申渡候処

     向御同心広八と申者立遣候旨申出 福岡通御代官

千葉留之助小田嶋半へ之御用状渡

 

 

(以下略)

この解読は花巻市史(資料編 第四巻 花巻市教育委員会)を基にしました。ただし、一分漢字を仮名にしたり、異なった漢字を使用したところもあります。

  第1  平成19年度分
1 古文書とは               4月使用こちらからどうぞ
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