8 雑々秘録 

A  使用テキストについて

 

雑々秘録 

 

岩手県立図書館所蔵

 

分類//歴史/近世/記録/

請求記号221.5-70

 

筆者名 梁田物集女 編

80丁

内題梁田物集女書留之抜書写

 

梁田物集女義重(始 義定)は梁田平内影政(50石)の次男で、宝永4年(1707年)に14歳で信恩公の小姓となる。

享保3年3月お供で江戸に上る。この以後、信恩公御上下毎にお供。享保18年(1733年)5月御側御用人、延享3年(1746年)2月御家老となる。最終的には200石となった。寛延3年(1750年)2月歿。養子物集女義和は明和6年(1769年)12月花巻御郡代となる。(「参考諸家系図」より)

 

 

内容は、物集女の書留とあるが、かなり重要な内容、例えば利幹公の遺言の主旨等を含んでいるので、密書と写者(?)が書いている。要するに、彼のメモ書きと思われる。

今回は享保7年(1722年)の藩財政の窮乏とその責任を取った目付田中久太夫・久慈恒右衛門その他責任者の処遇のこと。および、それ以後の倹約政策の内容及びそれにより藩財政が回復に至ったことについて書いている項を最初に取り上げた。(岩手県史第5巻 396頁「五 三二代大膳亮利幹」より)

次いで

享保10年(1725年)利幹が逝去し利視が藩主になった頃の人事をまとめている項を取り上げた。利視は、中野吉兵衛を重用し、利幹の改革を喜ばず、旧時の制度を復活させた。家老達の諫言に対しては、免職・隠居を命じたらしい。(岩手県史第5巻397頁「六 三三代大膳太夫利視」より)この文は、そのことに対する、物集女の解釈であろうか。

B 雑々秘録(テキスト本文)

       梁田氏書留之内

 

梁田物集女密書之家記抜書

 

一 享保七年綿屋御蔵元仕候致方悪敷由にて江戸御町こ者とも

  廿三人大晦日より相詰正月元旦の晩田中久太夫申鎮候て二日ニ事

故なく被遊 此沙汰にて田中久太夫自害 久慈恒右衛門自殺殊之外

御心労被遊 漸綿屋御借金年賦ニ成 二十三人之者共も鎮なり

此節御家老桜庭十郎左衛門御下被遊候て後御役御免 御用人楢山要人是ハ御用人

足沢惣左衛門・横浜登・両人表御用人惣左衛門御下り已後御免 要人隠居願上被

仰付 登ハ此度之沙汰片付御下知惣司 被 仰付 御勘定頭鬼柳三十

郎在江戸ニて御元〆被 仰付御元〆下川原嘉左衛門遠慮仕る 御買物

方より御勘定頭ニ平館八太夫 平御勘定より御勘定頭ニ一戸金左衛門五十石ニ被成下

何も在江戸 右騒動之時分急ニ被 仰付事故なく相済此節

御番頭松岡藤右衛門御下り已後二百石御加増御家老被仰付南彦八郎四百石御加増ニて同日御家老被仰付是は

 

在江戸ニてなし土岐五郎左衛門是ハ御番人ニて登り居御下り已後寺社奉行被仰付御長柄頭織笠庄助

御下り已後足軽頭被仰付表御次より松岡市之丞五十石被成下御勘定頭被仰付是も御下

り已後 御徒頭

橋本左兵衛江戸ニて仮御目付被仰付御下り已後本役ニ罷成扨又御下り以後御役人御撰被仰付

候ハ御元〆帰役七戸長右衛門同役松尾吉右衛門同役沖弥市右衛門 追て

鴨沢角兵衛舫奉行帰役帷子多左衛門同役中原長右衛門・昆喜右衛門  もやい奉行

御目付ニ 三浦平太左衛門追て日戸宇右衛門 御卒去少前ニ四戸甚五

左衛門 御卒去前春御元〆ニ御目付より日戸源右衛門親名仁兵衛と被仰付 此日

御側より御目付へ伊東源右衛門 御側より御側御道具御小納戸兼役被仰付

梁田物集女二月廿四日之事也 去々年御作事惣奉行百石ち六       知禄?

被仰付格式御元〆下御目付之上 きひしく御倹約被仰付 御在所ニて蝋燭も

御居間通り赤く染 表通ハ青く染 紙も御城ハ端を青く

染 花巻ハ黄ニ染 其外赤く 色々所々究る故 殊之外入方減シ

 

候由 紙ハ奉書遣ひし処杉原 杉原遣候処ハ大方 大方上之処ハ下 下ノ処ハ

東山となる 御新丸御的場ニて御側之者共鉄砲稽古仰付候此拭

紙 御勘定所より反古渡り遣也 材木奉行相止ミ 塗師奉行

相止ミ 御作事所一所ニ成る 塗師小屋ハ透て相止ミ也御用は

入札ニて度毎ニ吟味有 大工小屋ニて之細工物も入札ニて吟味

有之 殊之外直段相違候も有之候 諸代官も二代官を一ツニ被成

候処も有之 御蔵奉行も一人ツツニ御代官へ加り又ハ地給人衆相

役ニ被仰付 山奉行も十二三人十四五人之所五六人四五人ニ被

仰付 御台所女なとも皆御暇出て奉行も御免ニて御賄の支配

ニ成申候 田名部漆役人も不被遣地給人へ仰付拾駒役人も相

止ミ 御代官所一里使も成吟味之上諸役所より勝手次第相立

候事相止ミ御勘定所より斗り相立る 諸代官所よりも御用之外

 

私用一切無之故 一里も元一ヶ年一万人も遣ひ有之候得ハ五六

ニも成申候 花巻御郡代も日戸五兵衛壱人被仰付 格式御用人格

花巻万事五兵衛存意次第と有之 花巻御給人御役被仰付

候ニも此方より御役之義申被参 五兵衛其人を撰ミ申上候様被仰付

巻町奉行太田半兵衛御免ニて盛岡より刈屋六郎左衛門被仰付

引越 花巻地給人長坂十太夫同役被仰付 又御倹約御用と

申を御役人之内より分ヶて被仰付 御家老中野筑後 御元〆沖

弥市右衛門・日戸仁兵衛 御目付岩間杢兵衛・栃内与兵衛御勘定奉行

平舘八太夫・松岡市之丞右之通被仰付 御役所ニて勘略仕候事

前々両度之御勘略一向印し相見得不申候て御家中四ヶ一

御借り上候故 外記様なと御挨拶不宜 大替 遠慮 閉門 御預等  行信弟

有之候処 此度之御倹約益募り四ヶ一も御返し外より之御借金

 

一切無之諸山御払ニ御出し被成候事も無之 当分物事御差支之

様ニ有之候得とも 御上下御往来ニ前々ハ御指支道中ニて御側箱

金拝借 或ハ福嶋安斉一郎右衛門より借なと被成候処 左様之御差支

も無之候 御城廻御普請 御中屋敷 諸御門 町惣門皆直り紙丁

下之橋両橋新敷出来是ハ九年ノ大洪水ニて両橋共押流中ノ橋斗お下向

         前ニ懸直し両橋ハ仮り橋ニ候なり    第二の白髭水

諸方皆改り諸士の風俗も直り 此間礼舞も停止不被仰付

候得とも静ニ成 前々衣服之制なと被 仰出候ても破レ安く

候所今度ハきひしくも不被仰付候へ共 皆々能守り諸役人

中もばらばらなるも能一和して銘々粉骨を尽し相勤る

所改と相見得 御家老衆之我侭も相止ミ悉く御下知之通に

参り候故十万両余之御借金三ヶ年ニ充さる内に四万両程

之減少ニ成候由 其子細純御借金年賦ニ成り諸役人衆の

 

心懸ニも外より之御借金無之当分御不自由ニても 毎年御領内より

出候ものニて如何様ニも相済様いたして是非とも不足之処ハ少々

ツ〃も御借り候て段々御仕送り候てハ御借金さへぬけ候へハ御返済被成

候程之御金溜り 此時御倹約之印大ニ見ゆる筈との考 上

えも被申上 尤ニ 被思召 日々に無益之費を吟味し省き初ハ

能と云 悪と云う 是ニて不勤るなと云人も有しかとも 其侭

ニて押て参り候へハ 三年も満さる内ニ皆 得心仕 是ニて其行

末能筈と大方申なし候 其内ニも態 手性之族ハ うわへハ   ことさら

尤之様子ニて 内證ニ利欲不成故ニ重々叶さると相見得候 此

筋之人ニも大方諸人知りたる事ニて候 後御逝去已後 其志

皆外ニ顕れ申候て 都て 利幹公を大悪人なとの様に申もの

有之候 然とも御卒去之節も御物入多候へとも手かかへ候程の事

 

無之候 是皆此間の御倹約之印と相見得候

 

 

 

一 先年四ヶ一御家中より御借上之時分 其節ハ 御在府ニて初御

  目付佐藤甚之丞罷下り埒調兼候て 其後御用人平山軍司

  なと御下し御評議相究り御家中も指上候筈ニ罷成 此節

  外記様ニて諸士打寄 御倹約之被成方 不宜 御家中之四ヶ一

  御借上被成候段 不宜候遊方 其上 公儀御勤も世上へ御病身

  ニてしか〃〃御勤兼被成候間 此段御異見被仰上 御承引有之ハ

  御役人誰々ハ何役なと〃役目論見も相究り 若御承引無

  之ハ 押籠奉り 吉助様御相続被成 外記様御後見可被成と

  評定相済 其使は昆喜右衛門なと登り筈ニて有之由 其後楢山

  弾正 外記様へ参り候て ヶ様之沙汰御座候 如何也義ニ御座候

  也哉と承り候処ニ 右目論見之書付見付出候由ニて 其後 大替 遠

  

慮 閉門 御預 被仰付候 外記様へも御家老席へ呼上候て全人

  申渡御蟄居被成候 時之面々 御預 奥瀬治左衛門・河守田弥左衛門

  北川新左衛門・松川東四郎・人首喜左衛門・伊藤七右衛門 閉門 奥寺六之丞

  勝部孫四郎・仙石精右衛門・昆喜右衛門・沢田長兵衛・川守田弥五兵衛・帷子

  左兵衛・中河原判平なと也 北九兵衛・八戸九太夫隠居被仰付

  引退く 右之内閉門は皆御免なり 中河原ハ半地ニ被仰付 御預ヶ

之内 治左衛門・新左衛門・弥左衛門ハ病死 人首喜左衛門・伊藤七右衛門ハ後御免

信視公御代御免 所御構 七右衛門ハ花巻 喜左衛門ハ三閉伊御免也 閉門之 

者共 御免已後何之障りなし 孫四郎ハ野辺地御代官被仰付

代り合帰りに落馬して右の手を折 御役願上御免 六之丞ハ

田名部御代官被仰付是は 利幹公御逝去後十月何の事

もなく御役御免 沢田長兵衛ハ銅山奉行被仰付後病気之

 

願ニて十年十一月御免也 左京も銅山奉行被仰付其後江戸

御供被仰付下り已後宮古代官被仰付 仙石伊左衛門ハ

真寿院様御番人ニて登る也 判平ハ半地ニ被仰付隠居被   信恩内室

仰付 是は先年弾正と奥瀬斎院と不和之時使仕候故

弾正殊之外悪ミ強くとか申事也 右之通之騒動ニて実説

不改候 皆申給し候ハ右之内なとこ曾て何も相知不申 構不

申者も多有之よし 又外記様ニも随分働候て人をも

すすめ申候ものも有之候へとも 是ハ何之構も無之由 是ハ

右之次てニ弾正と岩間勘右衛門兼て不和之者共此人数へ加

ける 右之通と申沙汰有之候

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