第2 平成20年度分

 A テキスト解説

使用テキストについて

 盛岡藩主道中行列慣例

 

 原本は岩手県立図書館所蔵

(請求番号1 新・請求番号2 31―22)

 

この文書は文政12年以前の成立と思われる。文末に高野某が

野々村氏の蔵書を内藤武元から借用して文政12年に写したと書かれている。

 

野々村氏

内藤武元氏の 2名について未調査である。

高野某については参考諸家系図を調べたが該当すると思われる者は見つからなかった。

 

文の内容が「御目付」の者を対象にしているので、そのクラスの者が

かかわったものだろう。

 

本行列の場所、渡船の場所、各本行列の場所での本行列スタート地点等が

具体的に書かれて興味深い。

花巻に関しての慣例や、特に、花巻では御目付けの出番があまり無いことなど

も具体的で面白い。

自分に関しては、拍子木合図のたたき方のきまりが興味を引いた。

 

B 本文 

盛岡藩主道中行列慣例

 

御道中御行列場御渡船場諸事心得之次第

 

一 御本行列場 盛岡 花巻 一ノ関 国分 福嶋 二本松

白川 宇都宮 古河 江戸

補 右之外御本陣有之程之宿ニは御半行列也 御半行列は御鼻

馬より跡不残御供立也

一 御渡船場 和賀川 伊澤川 悪津鬼怒川 (ぼう)(かわ)

   補 此内 悪津鬼怒川 は不時御渡之格ニ被仰出 近年 右之通也

一 拍子木御相図 

支度 ● ●?●詰 ● ● ●繰出 ●?● ● ●?● ●立スル

●?●?●?●?●早ムル ●?●?●押留●?● ●?● 居敷 此外出火変事ハ早拍子木也

一 御発駕之節御鉄砲御弓御長柄共三騎夫々受取之車

  御門より行列ニて(小桜庭也)桜庭藤馬門前物見之下ニ三騎挟箱江腰懸

  居 鑓具足櫃竹馬篭は右之方広小路ニ差置也

  殿様綱御門より御駕篭御見得候節三騎腰を外し居 御

  駕篭桜庭肥後屋敷角より門前江御向被来候節 三騎下座仕

  直に中ノ橋向 橋詰左之方江扣居 御先鉄砲二十挺御弓十

  張 中町ニ相備居 御長柄は中之橋通江相備也 肥後宅より御

  発駕被遊候處ニて 御次中之橋上ニて御都合見合繰出し御相

  図打候處ニて 御長柄小頭より繰出之御相図打也

   補 天明年中之御法也 此頃御行列奉行無之歟当時之御先手江

   御行列奉行加候歟御次より之御相図ニ御行列奉行受継打

   候處ニて三器之小頭とも御相図を合進候也

   川原丁御制札前より崩 船橋を越候て又御長柄を起 仙北町曲

 

   角より御長柄を流 御田屋半六家の前より御行列崩 急き御先

   江罷越也

当時ハ

組丁町との境より

御長柄流し

      御下之節は 仙北町入口より曲角紺屋まて 夫より崩 船

      橋越 川原町ニは十次前より御行列 中ノ橋手前ニて

      御先手下馬 三器は御行列之侭ニて御城江持込也

      御物頭供廻は腰懸江残置若党二人草履取斗ニて

      御城江入候也

 

   補 当時御発駕は船橋手前御制札先之辺より御駕篭脇共

   ニ崩 御先江渡也 御着之節は仙北町御組丁境より御行列也

一 郡山御仮屋まて御先手は御先ニ参居 御着之節御門前に

  相備也

 

   補 惣て御半行列之御着ニても御昼御泊ニても御本陣前江三騎相

   備御待申上居也 郡山江御着相済候得ハ御先手を直ニ出立

   花巻町入口ニて御待居申上也

一 花巻町入口十四五間先右之方ニ三騎相揃備御為入候處ニて

  御相図ニ従ひ馬乗御城入口迄 此處より下馬致也 早坂の下左

  之方御番處有之處之手前ニて下馬也 是より御行列之侭ニて早

  坂御門之内まて鑓挟箱具足櫃竹馬等残 御物頭供人数 若

  党二人草履取斗ニて入 御玄関前向て右之方江御鉄弓長

  畳て備右御道具之前ニ頭壱人ツツ居 御玄関正面ニて中砂

  盛候て右砂の右江花巻御取次御番人等出居 此節

  殿様には御玄関江向て左塀金門より御庭江御入被遊 此節

 

  御目付一人塀重御門脇ニ扣居 御門開閉致候也 御着城

  被遊候處ニて 御先手は御目付江相届御道具為持下陣江引取

  翌朝御立之節 詰拍子木ニて 頭下陣より夫〃御道具相渡

  御先江出立也 尤御城江は不相詰下陣より直々出立也

   御下之節は 豊澤町入口木戸際ニて御駕篭廻附上

   半丁程ニて先手附上也尤 御登之節は川原町土橋際

   より御駕篭脇附上也

一 和賀川御渡之節 御鉄砲御弓御長柄頭附添川前ニ

  相備居 御為入候處ニて御目付御都合申上御渡初る也 一備

  限ニ御長柄一本ツツ立置 船一艘江は長柄一本ツツ入 十番被渡候也

  但し何方ニても渡場右之通 悪津鬼怒川は不時渡ニて別也

 

(中略)

 

一 千住入口御左之方ニ三騎備居 御相図拍子木ニて御先手繰

  出也 毎度千住御昼ニて

  殿様御服紗袷御上下ニ被召替 是より御地廻御供人数ニて

  下谷通御懸り 御老若様御廻勤被遊 御供廻之着服御道

  中之侭大小之素鞘柄袋取候迄ニて御供也 尤御留主居一人

  江戸詰合御馬別当御召馬為牽千住御昼江御迎ニ相詰

  

  居 是より御廻勤御供相務也 千住より御先鉄弓長頭引添

  并御諸騎馬外御地廻御供之外之御道具は不残行列いたし

  御先ニ御屋敷江罷越候也 尤浅草并山下見付通候節は御鉄砲組

  より届候て通候事 尤尾張丁布袋屋より御長柄御道具相立

行列致候也 馬上之者ハ東御門前ニて下馬致御行列之侭ニて表御

  門より入 御幕番所江御鉄弓長御矢玉筥相納候也 当時不用之事

  なから見合ニ記し置也

   補 前ニ本文之通之處 文化三年三月御登之節 千住御泊ニ被成 (1806年)

   直々大行列ニて御着殿被遊 夫より御地廻御供揃ニて御老若様御

   廻勤被遊候也 四品ニ被叙候後ハ御若年寄中ニは御勤無之也

   尤当時ハ千住之大行列無之 御昼御泊ニても非番之者ハ浅草

 

   前まて御先ニ罷越居是より御行列也 御駕篭廻御先供は

   黒船丁広小路江出口之木戸際より御供 御鼻馬より白熊御鑓ま

   ては旅篭丁木戸際右側ニ待上居 是より御供 御先手并

   御諸騎馬を片町元鳥越橋際右ニ備待上居 御相図拍子

   木ニ応し是より御供也

    御下之節は御先手夫々御道具御幕 番所より

    受取 御目付より迎次第頭引添御跡騎馬も是江

    引続表御門より行列致罷出 御屋敷傍有馬様

    御長屋前ニ御鉄砲二十挺相備頭一人供人数不残脇

    ニ引付挟箱ニ腰懸居 御弓十張頭一人前同断

    東御門前ニ相備 御長柄十本頭一人右同断 東御

 

    門より御老中御長屋前江相備 引続御跡騎馬二騎

     補 御物見角より南之方江は御子老御用人奥御医師

     供廻相備 是より少し隔表御門迄之間江御鼻馬より

     白熊御鑓まて相立御門内ニは御先筥より諸御幕

     番所前通江相備 御相図ニ応御先手より段々繰出也

     尤御箱番は千住まて御供 御参府之節は同所江御迎ニ詰ル也

    相備居 御次より御相図の拍子木ニ従い三騎馬乗

    致繰出也 尾張丁布袋や前より御長柄立 日本橋

    まて夫より流 尤御行列は御蔵前まて不崩也 浅草

    目付手前ニて流す也

 

    (中略)

 

 御道中留抜書

 

一 安永五年甲州御手伝被仰蒙候ニ付御参勤遅く相成    (1776年・(とし)(かつ)

  八月御発駕被遊候也

一 殿様花巻ニ御着被遊 早速御郡代三上多兵衛御熨斗差上

  也 前例之通御郡代三上多兵衛於御居間御禮申上御直熨

  斗頂戴也 御郡代子供并所御給人名目御禮伺之通被仰付

  被為請也

一 鬼柳御昼ニて上鬼柳村作兵衛 御旧例之通餅献上仕御目録

  被下候也

 

    (中略)

 

一 御道中ニて出火之節御道具受取手札渡口左之通

 一 六拾七枚 御駕篭頭御徒小頭  一 拾枚 御持筒弓之者

一 御道中被仰渡相済候後御供と御目付相渡於柳ノ間川渡

  并御陣場絵図被仰渡書付貫目書付とも御供と人数江

  不残一覧仕候様申渡也右相済候處ニて御供と御目付右

  を持参御用人江支配之者江申渡候様申達也 戻次第支配方

  と有之方江申渡候様頭とも江追々相渡也

 

一 房川渡御船割之次第番組書付御供と人数江不残一覧

  候様申渡候事

一 御荷物上宰領江心得被仰渡書出立前毎度申渡也但右書付

  は一通御席江入御覧候上申渡候也

一 昼泊宿割之事          一 御行列帳

一 十二日御道中割         一 道中御賄御證文御賄頭江相渡候事

一 郡山御賄御證文御代官江相渡候事 一 花巻御賄御證文御郡代江被遣候事

一 御供登人数鬼柳通御證文候事   一 御伝馬御證文夫々江相渡候事

一 道中被下金御先宿割江相渡候様御金所江断遣候事

一 御供登人数諸渡之金銭御勘定頭江断遣候事

一 人割之事            一 諸士道中御供人御同心御長柄之者

 

一 御厩小者御人足旅篭内渡之義御賄頭江断遣候事

一 道中役割之事   一 御発駕ハ日程前ニ郡山御代官江

  夫々手合之義御用帳を以申遣候事 花巻御郡代江も同断候事

一 道中人馬滞不申様其筋江御頼合被成候事

   但是ハ御留主居江御用帳を以申遣候事也 尤享和二年御参 (1802年・利敬)

   勤之節右之趣申遣候處御留主より申聞候は寛政十二年御参 (1800年・利敬)

   勤之節より右御頼ミ相止候趣申来候得共御参勤別記之ニ右

   之御止被成候義無之ニ付勘解由殿江相伺候處 前之通御頼合

   之義申遣候様御沙汰ニ付 御席札御使之節御用帳を以

   談合・御目付葛西市右衛門・嶋川英左衛門江申遣也

一 御開札四拾六枚 長三尺弐寸 幅壱尺 厚壱寸

  右之通御勘定所江断申遣也 尤右御開札之内御余分弐枚御

  昼御寓付不相認前組御賄處江御預ニ相成御同御立相成候也

   但享和二年御参勤之節は御開札寸法左之通被仰出長サ  (1802年・利敬)

   三尺幅壱尺厚九分右之通勘解由殿を以被仰出吉田

   九右衛門御勘定所江断申遣也

一 御開札出立之節前組御玄関御鑓懸御床江差置当朝御

  開札御玄関より差出也 尤車御門当番江前日右之義為心得申

  達候立候節は御徒目付取斗候也

一 花巻御城御着之節 当番之御目付具足櫃鑓ともニ御城江為

  取置候事 尤御徒目付は荷物附込中ノ口より入御徒目付役處

  前廊下江荷物差置 召連候御同心ともニ御賄處入口廊下隅

  江差置 尤御目付供も一所ニ居候事

一 御同處ニて遠見之番たて附置度々御目付處江御取次より為

  申出候也

一 御同處ニて夜八ツ時拍子木為打戻ニ支度拍子木為打候義御

  宿割両人江申渡 右両人より申付 尤詰拍子木為打候事ともニ御

  宿割より為打候事右之差図は御目付申達候也

   但文化六年御参勤之節花巻正六ツ時御発駕被仰出候後ハ   (1809年・利敬)

   詰拍子木は七ツ時為打候事 尤花巻之方は下陣遠く川口町

   と両所ニ下陣有之故右之通花巻之方先ニ出し宿前より

   打初候得は御供方遠方ニ居候者ハ支度都合も宜ニ付

   御尋ニ付右之通申上候也 尤明朝御発駕刻限并川渡

   御触は四枚ニ認花巻と川口両方江差出候也 且明朝御発

   駕御刻限達候ニは御目付詰所江御取次相招申達候也

一 御紋付白御幕片張中之口(たるき)江打候事 紫御幕は御居

 間御(たるき)江打候也 表坊主預ニて取斗候事

一 高張提灯は花巻ニて取扱候事

一 御同所ニて御給人数は諸事御町奉行御取次取扱 御目付

  御徒目付無構也

   但御目付は御廊下屏風前御徒目付は御鑓懸之間江扣

   居候事

一 御国より江戸表江之御飛脚御昼御泊之御宿江立寄候節御目付

  より之添簡無候得は当番御目付構なく御用之間ニて取扱候也

 

(中略)

 

  右は目付の心得ヶ条ニて野々村氏之蔵書也 尤御行列

  御備向当時之御振合不合處を削補して書写也

 

  文政十二年丑中春      内藤武元より借用   (1829年)

 

                高野善(カ)従主

 



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