第2 平成20年度分

 A テキスト解説
 

使用テキストについて

 

 風土雑記

 

 原本は岩手県立図書館所蔵

(請求記号1 新・請求記号2 33―14)

 

著者 大関新右衛門(秀助)

 

花巻の文化を高めた先人百七十人(第二編)(佐藤昭孝著)によると、大関秀助が「藩書として宝暦五年(1755年)と天明四年(1784年)の大凶作による世相を記述した」云云と書いている。(同書29頁)また。同書によれば

秀助は寛延二年(1749年)に仲小路に生まれ、文化十四年(1817年)に没したらしい。鶴陰碑には「儒宗」の項に刻まれている。新渡戸伝の日記によれば、文化十年(1813年)の項に「老儒には大関秀助あり、六経を講ず」と記されているそうだ。確かに、風土雑記を読めば、秀助の儒学の素養の深さが納得できる。

自分は、最初、「南部史要」の巻末に掲げられている、参考資料の目録に

「風土雑記」三冊 花巻給人大関某の著なりといふ

とあるのを見て、テキストに使えるかなという程度で、県立図書館でコピーをとり、一部分を読んだ。それを読み、著者の学識の深さに驚き、興味をいだいた。名前は新右衛門とあるが、参考諸家系図にはその名がなく、そのままにしていたが、今回佐藤氏の著書で新右衛門イコール秀助ということが判明した。

自分が読んだ範囲では「大凶作による世相を記述した」とは断定出来ないが、儒教のバックボーンを持って、今で言う「経済学」的な視点で、国政(藩政)を論じており、当時の花巻の人々の知的レベルの高さを知る意味でも貴重な書と言える。なお、県立図書館に写本が3種類もあり、又、花巻市立図書館にも写本があるそうなので、かなり、南部藩内では広く流布した書なのだろう。そのことも、この書の価値の高さを示す一つの手がかりだろう。

現代の経済学とは視点が異なり、藩主と武士、百姓、商人という封建性の身分を前提にするので、根本が違うが、雑穀による上納制、他藩との交易、役人の心懸それらと儒教との組み合わせ、面白い書である。

参考 今年6月使用の宮澤猪太郎抜書のテキストの中に次の記述がある。

   これによれば、新右衛門は享和2年は花巻城の作事奉行だった。

 

一 花巻御城御殿御居間新キ建方

  享和二年十月宮澤勇吉          (1802年)

       作事奉行 松岡織人  (文化五年1808花巻御支配帳 六拾石四升八合)

            大関秀助  (同右     

 

B 本文 

風土雑記    大関新右衛門

 

 

   中   

 

(中略)

 

一 国内惣御蔵方ハ御城下のことくに米穀手形通用

  に御定被成へき也 年貢ハ御蔵入の地并給地共

  に惣て一統に穀年貢に定め惣百姓年貢時

  に至らハ其支配の御蔵へ穀にて納め其穀手形

  を以私領ハ地頭御蔵入地ハ其代官へ上納すへきなり

  此納穀を米ニ限るときハ百姓難儀するもの也

 

  五穀の内何にても勝手に売払て其値を以納

  へき処を穀にて収めさせるなれハ穀ハ五穀の内ニ

  て其者の勝手の定なるへし 尤高壱石ニ付米

  にて何程大豆にて何程稗にて麦蕎麦にて

  何ほとと定法あるへき也 米はかりにて納る時

  ハ米年貢に不足の土地もあるもの也 或は

  陸田はかりにて水田されなき土地も有もの

  ゆへかやうに定る也 此法のことく一国一統に穀

  年貢の定にして米穀雑穀まても皆国内

 

  残らす手形通用に被成て四民の米穀常に皆

  各其所の御蔵に収置事になれハ 終にハ舫の

  法のやうなものにてたとへハ千石の有穀をもつて

  弐千石の上の御通用に成やうに成て又下の通

  用にも成もの也 且是にてハ年々四方の穀留を

  不被成とも上下一統に穀のとりやりハ手形にあら

  されハ通用ならぬものになれハ自然と五穀は

  他国へも出す いつも国内に留止して有やうに

  成もの也 もし国内に穀多くして他国へ釣合

 

  さるほとに米穀の値下直に成て四民ともに難

  儀に及ぶ程ならハ上の御世話を以国内の惣有穀

  の大数を()て能程他国へ運送交易して

  運賃其外懸りの入用を差引て即其値を

  其処の御蔵に穀の出数に随て各収置て穀

  と金と両通用にして手形を所持の者の勝

  手次第金にても穀にても其者の望に任て

  渡すへし 尤穀手形ハ 城下御蔵手形を在々

  御蔵にても通用して何の手形にても穀を渡

 

  すものにして手形の直段も一国一統に何れの手形

  にても差別これなきやうに定むへし 左様なけれハ 

  遠在に至りてハ不便利の事あるもの也 右のことく

  一国惣御蔵常に米穀と金銭とありて両通

  用にして穀の値賎ときは糴をなされ穀の値(てき 別写本に カヒコリ のルビあり)

  貴き時ハ糶を被成て一国米穀の出納ハ皆(ちょう 別写本に ウリコリ のルビあり)

  上にて致して他国への交易ハ私にならさる事

  になれハ常に国内に米穀留止して凶年の備に

  も成もの也 且ハ是にてハ米穀の直段いつも平準

  

  に参るものゆへ四民ともに米穀の値の高畢に難儀

  なきもの也 さやうなれハ穀の値貴き時ハ士農ハ

  安くして工商ハ難儀するものなり 穀の値賎ときハ

  工商は安くして士農ハ難儀するもの也 故に米穀

  の直段ハ常に平準に参らされハ利をえるもの

  偏落にして終にハ四民ともに難儀に及ふも

  の也 是まて農民は年々米穀を売て其値を

  以御年貢金を上納する事也 然候處秋の末に至り

  て奸商の輩其支配の官人と心を合て四方の

 

  境を穀留して隣国へ釣合さる穀の相場を立て

  押買もひとしくてする故 百姓甚以それに込る事也

  穀下値なれハとれほと穀数を売ても御年貢

  に足らすして上納滞る時ハ数多の吏人を以て御

  催促を下して其催促の事によりて村の入用

  少なからさる事なれハ百姓よりも其役人に賄賂を

  以て十日の御催促を五日にて免るやうに同しく

  奸曲を謀るなれハ上下一轍の奸曲にて甚あしき

  風俗なれハかやうの政法を立て制禦すへき事

  

也 又或ハ百姓自分売の五穀も其処の御蔵へ収め穀

  手形を受て其手形を以売買する定なるへし

  尤其手形に其の時の相場を書載へし 其相場の立

  かたハ一国の士農工商よりその支配の官人へ時の

  景気を以五穀相場の定めを各申立へし それ

  を支配の官人より官へ収て隣国諸国の時相

  場に引くらへて四民の難儀にもならす何れにも

  釣合ほとに篤と御詮議の上にて一国一統に

  其月〃〃官より五穀の相場を立へき事なり 扨又

 

  年貢の穀も百姓の自分に納る処の穀も米金小豆小

  麦蕎麦等ハ他国へ運送して交易にも成けれとも

  粟稗等ハ他国への運送にハ利ならさるものなれは

  是ハ国内御城下并花巻の方或ハ津〃浦〃或ハ銅山

  の方其外粟稗のなき方へ牛かたを以漸〃に送りて

  一国の人ハ士農工商貴賎に限らす常に粟稗を

  食する事に定むへき也 さすれハ粟稗の直段

  も宜しく成 国の本たる農民の為に成 且善穀

  の費も少くして他国へ運送して交易する米

 

  穀の数も増し且一国の倹約にも成事也故ニ上之

  家老より初として常に粟稗を食するやうに

  被成へき事也 是等も下はかりへの事にて上たる

  人其事を力行して下に見せされハ号令はかりに    (479・501)

  てハ不参もの也 晏平仲ハ斉の宰相にて食不     (あんぺいちゅう)

  重肉妾不衣帛と申て能節倹力行を以斉

  の君主三代にまて事て能国を富し善俗

  を変して民其徳を謳しと也 これ自其事

  を為て其功なきものハあらさるなり

 

 



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