平成版「花巻の名人・達人」−今様,鶴陰の人々―
                                       


第12回  佐藤 瑞圭

1 佐藤 瑞圭(本名 精三郎)・・大仏師・木彫

2 大正51月、花巻市豊沢町に生まれる。

3 父 市太郎  母 イマ

4 仏像との係わり

 佐藤さんは、小さいころに豊沢町から裏鍛治町(今の桜木町)に引っ越したそうですが、その近所で見た地蔵さんが仏像に関心を持った最初だそうです。学校での工作時間に木版を彫ったのが最初の木彫りで、今も作品は残っているとのことでした。そのような佐藤さんを見て、お父さんは「手に職をつけたほうがいい」ということもあり、当時高名な彫刻家であった高村光雲に、息子の弟子入りを頼むために、卒業して間もない佐藤さんを同道して上京したそうです。昭和5年だったそうです。光雲先生は弟子があまりにも多くいたので、佐藤さんを光雲の一番弟子の山本瑞雲にまかせ、預けられたそうです。
 その日から本郷駒込林町の山本家に住み込んだ佐藤さん、最初は使い走りがほとんどで、しばらくは彫刻らしいことをやらせてもらえなかったそうです。ようやく、「地紋」からやらせてもらいましたが、道具は借りたそうです。見よう見まねで「花菱」「麻の葉」などを彫りますが、技は教わるわけではなく「見て」つまり「盗んで」覚えるものだといわれたものだそうです。
 しばらくして、小使いをもらってから、自分の道具、砥石などを買いそろえていきました。そのように大事な道具ですから、道具を跨いだり、粗末に扱ったりすると、ぶんなぐられたりするような時代だったそうです。弟子入りして3,4年後ようやく小さな阿弥陀様を彫る仕事を与えられました。仏像は体と頭部の比率がいくらとか、様々な決まりがあり、色々な書き物を調べたりしながら彫るものだそうで、出来上がるまで大変苦労なものだそうです。
 東京で7年ほど修業したあと、兵隊検査のため花巻に帰ってきたそうです。
それから今まで作った作品は3,000近くになるのではないかとの事でした。
 氏の仏像は昭和29年の北海道穂別町の観音像、(これは現在町の指定文化財)、昭和41年の花巻市清水寺の薬師如来、他に青森、東京、新潟、山梨等でも数多く安置されています。
 他に、佐藤さんは古い仏像の修理なども手がけ、笹間の延妙寺の木造阿弥陀如来立像を修理の際は、胎内から鎌倉時代の仏師「康運」の作であることを示す文書が出てき、昭和47年10月27日に県指定の文化財になった、等のエピソードもあるそうです。
 この1月に90歳になられた佐藤大仏師、かくしゃくとお元気で小ぶりなものならまだまだ作り続ける意欲があるとのことでした。
 

 

 電話0198-23-5158


 

聖観音菩薩・花巻市太田の清水寺本堂

 

佐藤 瑞圭氏(アトリエにて、平成18年2月24日撮影、90歳)


 

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