増補行程記

リスト1の2 埼玉県

増004吉町(吉笹原) 増005蒲生 増006越谷 増007下間久里 増008備後
増009小渕 増010三本木 増011茨島 増012去手(幸手) 増013小右衛門
増014繰橋(栗橋)

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詳細は以下に記載しております。

全体番号 宿場番号 一里塚番号 名称 原本の情報 松尾芭蕉及び菅江真澄に関すること その他の文献による情報 現況
6 0 増004 吉町 一方に木無し・増賀入口(の南)石橋・用水堰(あり)1里塚(と)此の間3町程 大概帳に「吉笹原村地内」とあり(835頁)・「日光延絵図」第1巻によれば塚の南に六地蔵があり両方の塚に木が描かれている・「日光道中は、吉町2丁目現在の草加変電所の先で県道足立越谷線と分かれてやや左に折れ、旧草加宿へと入るが、その手前の石関医院のあたりが一里塚の跡だといわれている。今はまったくその面影は認められない」(埼会19頁) 東武伊勢崎線の草加駅から南に向け15分程歩いた所にある石関医院の道路を挟んだ西側の駐車場に一里塚があったと近所の人が教えてくれたのでその場所に行ったが国土地理院の水準点の標識があった。その人によると前は柱かなんかがそこにあったそうだ。取り敢えずその標識と向かいの医院を写す(13・9・12)
7 2 0 増賀(草加)宿 当処西瓜の名物江府え出候よし 芭蕉3月27日宿に着く 草加市役所の周辺は旧街道の面影がけっこう残っていた(13・9・12)
8 0 増005 蒲生 土橋(の南)・蒲生宿(の北)丁長し 「綾瀬川・・を渡ってすぐの蒲生愛宕町には一里塚がのこっている。現在は片側だけが残っていて、・・昭和60年3月5日に県指定文化財になった。」(埼会22頁)・「日光延絵図」第1巻によれば綾瀬川を渡ってすぐにあり、石地蔵と愛宕がならんでいる。共に木は見えない 県指定文化財昭和60年3月5日・東武伊勢崎線新田駅から歩いて10数分、蒲生大橋を渡ってすぐ右側(12.10.27写す・写真下)
9 3 0 越谷宿 宿の面影あり
10 0 増006 越谷 1里塚ありと可考・荒河(の近く)神宮(市神・神明)のそば 「日光延絵図」第1巻によると元荒川の江戸側には塚はない、高札はある 越谷駅から北に歩いて15-20分ぐらいで大沢橋がある。そのたもとの米長乾物屋さんに聞いたが昔高札場の跡は数年前に道路拡張の際無くなったとのこと。ご主人が子供の頃は大きな石がありそれで遊んだそうだ。そのとき近くにあった市神も道沿いに南側の現在地に移転したとのこと。一里塚については何も残っていない。昔高札場があったと思われるところを写す(15・1・11)
11 0 201 弥十郎村 塚あり・1里塚とも、又不然とも。古の塚か。 大概帳に記載なし・「日光延絵図」第1巻にもそれらしいものが大林村周辺に見えない この調査の対象の塚でないと思われる(13・10・2)
12 0 増007 下まくり村 此の1里塚追可考・稲生社(の北) 大概帳に「下間久里村地内」とあり(49頁)・「日光延絵図」第1巻によればやはり塚の近くに稲荷及び香取神社がある 大袋駅から北東に歩いて10分ぐらいで松崎さんというだるまを造っている店兼工場がある。そこのご主人に聞いたらこのうちの門のところに昔一里塚があったという。今は何も残っていないそうだ。そこから東に100メートル位のところに香取神社があった。松崎さんの入り口あたりを写す。(15・1・11)
13 0 202 上まくり村 此の塚追可考改・観仁寺(の北) 大概帳に記載なし・「日光延絵図」第1巻にも見えない この調査の対象の塚でないと思われる(13・10・2)
14 0 増008 備後 大百姓ノ家有備後の安兵衛と申す庄屋のよしを承候(の北) 「春日部市・・大林地区を抜けて市街へ向かって行く。途中道筋がやや西へ向きをかえるころ。右手に備後一里塚跡を見ることが出来る。石碑が建てられている。」(埼会25頁)・「日光延絵図」第1巻解説編51頁51-2によれば一里塚の標柱は春日部市備後の仙波直一氏宅塀際とのこと・なお同頁解説本文によれば塚は左右榎木とのこと 東武伊勢崎線一ノ割駅から徒歩10数分程度春日部市備後東の国道4号線の歩行者用信号「備後北」のすぐそばに「備後一里塚跡」(昭和45年8月21日)の石碑がある(12.11.19写す)
15 4 0 粕壁宿 この宿17・8丁程長し 芭蕉3月 春日部駅周辺に宿場の面影がまだ残っていた(12・11・19)
16 0 増009 小渕村 山伏アリミやもと院(の南)・粕壁出口(の北) 「古利根川に架した新町橋・・を渡ってほどない交差点を左に折れ・・関宿往還との追分を目前にした右手に・・塚跡がある。石碑が建てられている」(埼会26.7頁) 東武伊勢崎線春日部駅から徒歩20分程度・春日部市小渕の「やおせい」という店の近くの角に「小渕一里塚跡」という石碑が庚申塚と並んである。備後と同じく昭和45年8月21日と彫られてあった。(12・11・19写す・写真下)
17 0 増010 三本木村 倉沢村(の)鹿島神社(の北)・六地蔵之有候(の南) 「杉戸町清地地域三本木地内にも一里塚がありましたが、今日ではその場所に説明板が建てられているだけです。」(杉戸町の文化25頁) 東武動物公園駅から歩いて25分ぐらいか、大落古利根川を渡り杉戸町役場の南、清地3丁目9番の鈴木さんの敷地内に塚があったそうだ。家人に聞いたが何も知らないと言う。生垣沿いに立てられている一里塚の説明板を写す(15・1・12)
18 5 0 杉戸宿 弁天堂 宿の面影あり
19 0 増011 茨島 「原本」及び「五海道中細見記」に記載なし 「国道4号線沿いに杉戸高野台駅入口より南に500メートルほどの地に茨島の一里塚が雑草のなかにわずかにその面影をのこしています。」・・「近くの山田うどん店の駐車場に接して」・・「説明板」・・「が建っています。」(杉戸町の文化24頁) 杉戸高野台駅から歩いて10数分で田中うどん店があった。道路際の角に案内板があったので写す(15・1・12)国道の向かい側が荒地で「面影」がありそうなのでそこもついでに写す。
20 6 0 去手宿 宿の面影あり
21 0 増012 幸手 1里塚可考・真言長福寺(の南) 「聖福寺を過ぎて間もなく道は右へカーブするが、その・・あたりが幸手の一里塚の跡である。・・現在は右の塚の跡のみ確認可能である。」(埼会30頁) 幸手駅から北に歩いて20分以上で正福寺がある、その先に古いお菓子屋さんがあった。そこで一里塚について尋ねたら、正福寺の住職さんが菓子屋の隣の空き地と更にその隣の駐車場を遮る水路の西側に一里塚があったのではないかと言っているとのこと。そのあたりを写す(15・1・12)
22 0 増013 小右衛門 真言金光寺(及び)稲生社(の南) 「栗橋町小右衛門地区へ入って行く。・・右側にキューピーマヨネーズの工場が望めるあたりに・・一里塚がある。今は塚上に・・真光寺の弁天堂がまつられているが、塚の形態はとどめている。」(埼会30・31頁) お堂があり傍らに一里塚の説明書きがあった。それを写す(14・1・7)江戸から十四番目と書かれている。
23 7 0 繰橋宿
24 0 増014 栗橋 御番所近くにこれ有るよし・見えず・否や・江戸出口山谷に無し。日本橋にも無之候。この類か・房河(の北)・町数12丁程と申候 大概帳に記載なし・「日光延絵図」第2巻にも記載なし



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1 花巻このごろ
増補行程記(目次)
 2 増補行程記(はじめに)
 3 増補行程記(リスト1の1)東京都内
 4 増補行程記(リスト1の2)埼玉県内
 5 増補行程記(リスト1の3)茨城県内
 6 増補行程記(リスト1の4)栃木県内
 7 増補行程記(リスト1の5)福島県内
 8 増補行程記(リスト1の6)宮城県内
 9 増補行程記(リスト1の7)岩手県内
10 増補行程記(リスト2

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